「大学病院と共同でアルゴリズムを開発したいが、特許はどちらのものになるのか」「患者データの提供を受けるには何が必要か」「医療法人は成果の事業化に参加できるのか」――医療機関との共同開発は製品の信頼性を高める近道ですが、契約の設計を誤ると成果を自社製品に使えない、データの利用根拠がない、研究の規制手続が漏れていたといった事態に直面します。この記事では、知的財産の帰属、臨床研究法・倫理指針、患者データの提供と加工、次世代医療基盤法、医療法人の非営利性の5つの論点を、条文と公的資料を確認しながら契約条項に落とし込みます。
医療機関との共同開発契約では、①特許法73条の共有ルールを踏まえた知的財産の帰属と実施権、②研究が臨床研究法の「特定臨床研究」か倫理指針の対象かという規制区分と利益相反管理、③患者データの提供根拠(本人同意・匿名加工・仮名加工・次世代医療基盤法)、④医療法人の剰余金配当禁止(医療法54条)と営利目的の開設不許可(7条7項)を踏まえた対価と事業化の形、の4点を契約書に明文化することが要点です。
医療機関との共同開発で起きやすいトラブルと4つの論点
トラブルの典型は、①成果の特許が共有になり第三者へのライセンスに医療機関の同意が必要になった、②研究開始後に臨床研究法の手続が必要と判明し計画が遅れた、③データ提供の根拠が「院長の了解」だけで、後に患者同意や倫理審査の不備を指摘された、④医療法人に成果の対価を「利益の分配」のように支払う約束をして非営利性との整合が問われた、の4つです。いずれも契約締結前の整理で防げる問題です。
共同開発契約の相手が医療法人・大学病院・国立病院機構など法人格の違う主体である点に注意が必要です。医療法人には非営利性の制約、大学には学術研究機関等としての個人情報保護法上の特例、国立機関には独自の規程があり、同じひな型をそのまま流用できません。
知的財産の帰属と実施権 ― 特許法73条の共有ルールと職務発明
共同研究で生まれた発明は、契約で定めなければ発明に関与した者の所属先で共有になることが一般的です。特許権が共有の場合、各共有者は契約で別段の定めをしない限り他の共有者の同意なく自ら実施できますが(特許法73条2項)、持分の譲渡には同意が必要で(同条1項)、専用実施権の設定や第三者への通常実施権の許諾にも同意が必要です(同条3項)。特許を受ける権利の段階でも持分譲渡には同意が要ります(33条3項)。医療機関は自ら製品を製造・販売しないため、「各自実施可」の原則は企業側だけが利益を受ける結果になり、医療機関側から不実施補償を求められる場面が生じます。
| 帰属の型 | 企業側のメリット | 医療機関側の論点 | 契約で定める事項 |
|---|---|---|---|
| 企業単独帰属 | 第三者ライセンスや事業売却が自由 | 対価(研究費への上乗せ、実施料、成果報酬)の設計、研究成果の学術利用の確保 | 医療機関側の発明者からの承継、学術目的の無償利用許諾、論文発表の調整 |
| 共有(持分割合を定める) | 開発費の分担を反映できる | 自ら実施しないため不実施補償の有無 | 73条2項の「別段の定め」、第三者実施許諾の同意の事前付与、持分譲渡の条件 |
| 医療機関単独帰属+企業への独占的ライセンス | 薬事承認申請・製品化に必要な権利を確保 | ライセンス料・独占期間・不争 | サブライセンス、改良発明の扱い、承認取得義務 |
見落とされやすいのが職務発明と論文発表です。勤務医の発明は、職務発明規程で法人に帰属させる定めがあれば発生時から法人に帰属しますが(特許法35条3項)、規程がなければ医師個人が特許を受ける権利を持つため、契約の当事者を法人にするだけでは権利を確保できません。また、学会発表は新規性喪失(29条1項)につながり、例外(30条)を使うには公表から1年以内の出願と所定の手続が必要です。発表前に出願を済ませる手順と発表内容の事前確認を契約に書き込み、企業の独自技術は営業秘密として開示範囲を限定します。
臨床研究法と倫理指針 ― 特定臨床研究・利益相反・倫理審査
共同開発の内容が「医薬品等(医薬品・医療機器・再生医療等製品)を人に対して用いて有効性・安全性を明らかにする研究」であれば、臨床研究法の対象になります(同法2条1項)。中でも、医薬品等製造販売業者またはその特殊関係者から研究資金等の提供を受けて実施し、当該業者が製造販売をし、またはしようとする医薬品等を用いる臨床研究は「特定臨床研究」とされ(2条2項1号)、未承認・適応外の医薬品等を用いる研究も同様です(同項2号)。プログラム医療機器の開発企業が資金を提供して自社製品の有効性を検証する研究は、この定義に該当する可能性が高いといえます。
特定臨床研究を実施する者は臨床研究実施基準の遵守義務を負い(4条2項)、認定臨床研究審査委員会の意見を聴いたうえで実施計画を厚生労働大臣に提出しなければなりません(5条)。資金を提供する企業側には、研究資金等の額・内容や研究内容等を定めた契約を締結する義務(32条)と、資金提供等の情報をインターネット等で公表する義務(33条)が課されます。臨床研究法施行規則21条は、研究責任者側に企業からの資金提供や関与についての利益相反管理基準の策定と、実施医療機関の管理者による確認を求めており、企業は寄附金や講演料などの関与も含めて開示を求められます。
一方、既存のカルテデータや画像を解析するだけで人に医薬品等を用いない研究は臨床研究法の対象外ですが、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省・経済産業省、2021年3月23日制定、2026年8月27日一部改正)の対象になります。指針は研究計画書の作成、倫理審査委員会の審査と研究機関の長の許可、インフォームド・コンセント、共同研究機関の役割の明確化、業務を委託する場合の契約締結と監督を求め、研究計画書に研究資金源などの利益相反の状況を記載させます。既存の情報を他の研究機関に提供する場合は、提供に関する情報を研究対象者等に通知し又は容易に知り得る状態に置き(オプトアウト)、倫理審査委員会の意見を聴いて所属機関の長の許可を得ます。企業が共同研究機関として参加すれば、自社も指針上の「研究機関」として同じ義務を負います。
研究の規制区分は「人に医薬品等を用いるか」「企業の資金で企業の製品を評価するか」「既存データの解析か」で決まります。契約書には、どの規制の下で実施するか、実施計画・倫理審査・利益相反管理・公表の手続をどちらが担うかを明記します。
患者データの提供と加工 ― 同意・匿名加工・仮名加工・委託の違い
診療情報は病歴を含む要配慮個人情報(個人情報保護法2条3項)です。医療機関がこれを企業に提供する行為は原則として本人の同意を要する第三者提供(27条1項)で、要配慮個人情報にはオプトアウト方式(27条2項)が認められていません。学術研究機関等が学術研究目的で提供・取得する場合の例外(27条1項5号〜7号、20条2項5号・6号)はありますが、企業が「学術研究機関等」に当たるかは慎重な判断が必要で、製品開発を主目的とする利用への安易な適用は避けるべきです。
| データの形 | 法的性質 | 企業への提供 | 企業側の義務・留意点 |
|---|---|---|---|
| 個人データのまま提供 | 要配慮個人情報を含む個人データ | 本人の同意が必要(27条1項)。オプトアウト不可 | 利用目的の範囲内でのみ利用(18条)。安全管理措置、再提供禁止 |
| 委託(医療機関の診療・研究目的の処理) | 個人データの委託先への提供(27条5項1号) | 同意不要だが、医療機関の利用目的の範囲内に限る | 委託先の監督(25条)を受ける。自社製品開発への転用は委託の範囲外 |
| 仮名加工情報(41条) | 他の情報と照合しない限り識別できない情報 | 原則として第三者提供不可(41条6項)。委託・共同利用は可 | 医療機関内部や委託の枠組みで分析する制度。企業への「提供」の根拠にはならない |
| 匿名加工情報(43条) | 特定の個人を識別できず復元できない情報 | 同意不要で提供可。作成時に項目を公表、提供時に項目・方法を公表し匿名加工情報である旨を明示 | 再識別のための照合禁止(43条5項)。画像データの加工基準適合の判断が難しい |
実務では、新規に取得するデータは研究同意書でAI開発への利用と企業への提供を特定して同意を取り、既存データは医療機関側で匿名加工するか、次章の次世代医療基盤法の仕組みを使う、という組み合わせが基本になります。個人情報保護委員会・厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」は、医療機関が判断する際の基準となるため、企業側も内容を把握しておく必要があります。
次世代医療基盤法(2024年4月改正施行)の活用
次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律)は、国が認定した事業者が複数の医療機関から医療情報を収集し、加工して研究開発に提供する仕組みです。2023年(令和5年)5月26日公布の改正法(令和5年法律第35号)が2024年(令和6年)4月1日に施行され、従来の匿名加工医療情報に加えて「仮名加工医療情報」(他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないように加工した医療情報。2条4項)の仕組みが創設されました。匿名加工では削除せざるを得なかった希少症例や特異値を残せること、薬事承認目的などで元データに立ち返った検証がしやすくなることが改正の狙いです。
医療機関は、患者に最初の受診時に書面で通知し、本人が拒否しない限り認定作成事業者に医療情報を提供できます。利用計画の審査は認定事業者側の審査委員会が行うため、医療機関で個別の倫理審査を経る必要はありません。企業は利活用者として認定事業者に利用を申請し、仮名加工医療情報は国の認定を受けた「認定仮名加工医療情報利用事業者」のみが利用できます。患者同意の取得や加工の負担を双方が負わずにすむ一方、審査・利用料・利用できるデータ項目の制約があるため、開発目的に適合するかの事前確認が必要です。
医療法人の非営利性と成果の事業化 ― 配当禁止・附帯業務・対価の設計
医療法人は剰余金の配当をしてはならず(医療法54条)、営利を目的として病院・診療所を開設しようとする者には開設許可を与えないことができます(7条7項)。この非営利性は、共同開発の対価と成果の事業化の形に直接影響します。
- 対価の性格:企業が医療法人に支払う金銭は、研究の実施に対する研究費・委託料、または知的財産の実施料として、提供される役務や権利に見合う適正な額で設計します。医療法人の出資者や役員に利益を還流させる仕組みや、売上に連動して医療法人へ不相当に高額な「配分」を行う約束は、剰余金配当の禁止との整合が問われます。
- 医療法人による事業化の限界:医療法人の業務は本来業務と定款で定める附帯業務(医療法42条。医学に関する研究所の設置など)に限られ、製品の製造販売を医療法人自身が行うことは想定されていません。事業化は企業が担い、医療法人はライセンス料や研究費の形で成果を受け取る構造が基本です。
- 医師個人への支払い:発明者である医師個人へのコンサルティング料等は、臨床研究法上の利益相反管理と公表の対象になり得るため、法人との契約と切り分けて透明に設計します。
医療法人の組織運営は医療法人の設立・分院展開で押さえておきたい法務のポイントも参考になります。大学病院や国立病院機構との契約では、各機関の共同研究取扱規程や知的財産ポリシーが前提になるため、相手方の規程を先に取り寄せることが交渉の近道です。
契約書に入れるべき条項チェックリスト
- 目的と役割分担:開発対象、各当事者の担当業務(データ提供、アノテーション、アルゴリズム開発、臨床評価)、スケジュール、研究責任者
- 規制区分と手続の分担:臨床研究法の特定臨床研究か倫理指針の対象かの明記、実施計画・倫理審査・利益相反管理・公表の担当者と費用
- 資金の性格:研究費・委託料・実施料のいずれか、支払時期、成果に連動する部分の有無と上限
- 知的財産:帰属(単独・共有・持分)、特許法73条2項の「別段の定め」、第三者実施許諾の事前同意、不実施補償、職務発明の承継の確認、改良発明の扱い
- 学術発表:発表前の事前通知と出願の猶予期間、新規性喪失の例外手続の協力、秘密情報の除外
- データ:提供の根拠(同意・匿名加工・次世代医療基盤法)、利用目的の範囲(学習・検証・再学習)、再提供禁止、再識別禁止、安全管理措置、事故時の報告、終了時の返還・削除
- 成果の薬事利用・非営利性・終了:承認申請への研究データの利用許諾、対価の算定根拠と配当類似の仕組みの排除、中途終了時の成果・データの扱いと存続条項
経済産業省・特許庁が公表する「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書」(研究開発型スタートアップと事業会社、大学と事業会社等の各編)は、共同研究開発契約の条項と交渉の考え方を示す公的な参考資料ですが、医療機関固有の規制(臨床研究法・倫理指針・医療法の非営利性)は別途織り込む必要があります。企業間の開発委託契約の論点はシステム開発委託とSaaS利用契約の解説記事をご参照ください。
よくある質問(FAQ)
共同研究で生まれた特許を当社単独の名義にすることはできますか?
病院に研究費を出して自社のプログラム医療機器の有効性を検証してもらう研究は、臨床研究法の対象ですか?
院長の了解があれば、過去のカルテデータを提供してもらってAI開発に使えますか?
成果が製品化されたら売上の一定割合を医療法人に支払う契約は問題ありますか?
次世代医療基盤法の認定事業者からデータをもらう方が、病院と直接契約するより簡単ですか?
まとめ
- 共同研究の成果が共有特許になると、自己実施は自由でも第三者ライセンスや持分譲渡に相手の同意が必要です(特許法73条)。帰属・実施権・不実施補償・職務発明の承継・学術発表の調整を契約で決めます。
- 企業の資金で自社の医療機器等を人に用いて評価する研究は特定臨床研究となり、実施計画・認定委員会の審査・契約締結(32条)・公表(33条)・利益相反管理が必要です。既存データの解析は倫理指針の対象です。
- 診療情報は要配慮個人情報で、企業への提供は本人同意(オプトアウト不可)、匿名加工情報、次世代医療基盤法の認定事業者経由(2024年4月1日施行の改正で仮名加工医療情報を創設)のいずれかの根拠が必要で、委託データの転用はできません。
- 医療法人は剰余金配当が禁止され(医療法54条)、製品の事業化は企業が担い、医療法人への対価は研究費・実施料として適正額で設計します。
医療機関との共同開発契約は、知的財産・研究規制・個人情報・医療法という異なる法分野を一つの契約書に統合する作業です。当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍し、企業法務の弁護士チームと弁理士・税理士・司法書士が連携して、研究の規制区分の整理、データ提供契約、共同研究開発契約・ライセンス契約の起案と交渉を一貫して支援しています。共同研究の立ち上げから継続的に相談できる体制をお探しの場合は顧問弁護士サービスを、まず相手方から提示された契約書案を確認したい場合はお問い合わせ(無料相談)をご利用ください。チャット・オンラインで全国から対応しています。
- 特許法(e-Gov法令検索)― 29条・30条・33条・35条・73条
- 臨床研究法(e-Gov法令検索)― 2条・4条・5条・32条・33条
- 臨床研究法施行規則(e-Gov法令検索)― 21条(利益相反管理)
- 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(文部科学省・厚生労働省・経済産業省、令和8年8月27日一部改正)
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)― 2条・18条・20条・25条・27条・41条・43条
- 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(個人情報保護委員会・厚生労働省)
- 医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報及び仮名加工医療情報に関する法律(次世代医療基盤法)(e-Gov法令検索)
- 次世代医療基盤法 関係法令・ガイドライン・通知(内閣府)― 改正法の施行について(令和6年4月1日付け)ほか
- 医療法(e-Gov法令検索)― 7条7項・42条・54条
- オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(特許庁・経済産業省)
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
