「患者からカルテの開示を求められたが、どこまで、いつまでに出せばよいのか」「亡くなった患者の遺族から診療記録を見たいと言われた」「警察や保険会社、弁護士から照会が来た」――カルテ(診療記録)の開示と第三者への提供は、医療機関・介護事業者の事務部門が最も判断に迷う場面です。この記事では、本人からの開示請求への対応(個人情報保護法33条)と厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」、遺族への開示、警察・保険会社・弁護士会照会・裁判所からの照会への対応、そして委託と第三者提供の違いを、条文・指針・ガイダンスに沿って整理します。
患者本人からのカルテ開示請求には、原則として遅滞なく応じる法的義務があり、拒めるのは第三者の権利利益を害するおそれがある場合など法定の例外に限られます(個人情報保護法33条2項)。遺族への開示は法の直接の対象ではありませんが、厚生労働省の指針により配偶者・子・父母及びこれに準ずる者に対して誠実に対応することが求められ、警察・弁護士会照会など「法令に基づく」照会は同意なく回答できる一方、保険会社・職場・学校には本人の同意が必要です。
本人からの開示請求 ― 個人情報保護法33条と拒める3つの場合
診療録・看護記録・検査結果・画像などの診療記録は、医療機関が検索できるように体系的に管理している「保有個人データ」に当たります。本人は、個人情報取扱事業者に対し、保有個人データの開示を請求することができ(個人情報保護法33条1項)、請求を受けた事業者は、本人が請求した方法(電磁的記録の提供を含む)により、遅滞なく開示しなければなりません(同条2項)。請求した方法での開示に多額の費用を要するなど困難な場合は、書面の交付による方法で足ります。
全部または一部を開示しないことができる場合
- 本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合(33条2項1号)
- 当該事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合(同2号)
- 他の法令に違反することとなる場合(同3号)
医療機関で典型的なのは、第三者である家族や他の患者に関する記載が含まれる部分、病名の告知が本人の心身の状況を著しく損なうおそれがある場合です。後者について厚生労働省の指針は「患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるとき」を提供を拒み得る場合として明記しています。ただし、いずれも個別具体的に慎重に判断すべきもので、「訴訟に使われそうだから」「医師の記載が不利だから」という理由は33条2項のどれにも該当しません。開示しない決定をしたときや該当データが存在しないときは、遅滞なく本人に通知し(33条3項)、理由を説明するよう努める義務があります(36条)。
なお、本人が開示等の請求に関する訴えを提起するには、事業者への請求の到達から2週間の経過が必要です(39条)。これは訴訟提起の前提であって開示期限ではありませんが、「遅滞なく」の目安として意識しておく価値があります。
開示は「応じるかどうか」を裁量で決めるものではなく、法定の例外に当たらない限り応じる義務です。開示を合理的な理由なく渋る対応は、患者側の不信を強め、裁判所による証拠保全や訴訟への移行を早める最大の要因になります。
診療情報の提供等に関する指針 ― 請求できる人・手続・費用
個人情報保護法が開示の原則を定めるのに対し、医療機関の具体的な手続を示すのが厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発第0912001号)です。医療・介護関係事業者向けガイダンスも、診療記録の開示はこの指針の取扱いに従うものとしています。
開示を求めることができる者
| 請求者 | 指針上の扱い | 確認する書類・留意点 |
|---|---|---|
| 患者本人 | 原則の請求者 | 本人確認書類。申立ての理由を記載させたり尋ねたりすることは不適切 |
| 法定代理人(親権者・成年後見人等) | 請求できる。満15歳以上の未成年者は疾病の内容によって本人のみの請求を認め得る | 戸籍・登記事項証明書等で代理権を確認 |
| 診療契約に関する代理権が付与された任意後見人 | 請求できる | 任意後見契約の登記事項証明書で代理権の範囲を確認 |
| 患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者 | 請求できる | 委任状と本人の意思確認 |
| 判断能力に疑義がある成人患者の、現実に世話をしている親族及びこれに準ずる者 | 請求できる | 続柄と現に世話をしている事実の確認 |
| 遺族(配偶者・子・父母及びこれに準ずる者) | 死亡後の診療経過・死因等の提供を求め得る(次章) | 戸籍で続柄確認。生前の本人の意思を尊重 |
手続の流れ
申立ては管理者が定めた方式により、書面で行うことが望ましいとされています。管理者は、担当の医師等の意見を聴いたうえで速やかに開示をするか否か等を決定し、申立人に通知します。開示を拒む場合は、原則として申立人に文書で理由を示し、あわせて苦情処理の体制も説明しなければなりません。厚生労働省が2017年に特定機能病院・大学病院87病院を対象に行った調査では、開示に要する日数は2週間程度が38%、3週間程度が37%、4週間程度が25%でした(平成30年7月20日医政医発0720第2号)。中小規模の医療機関であれば、2〜3週間以内を院内の標準としておくのが現実的です。
費用
開示に要する費用は、実費を勘案して合理的と認められる範囲内の額で徴収できます(指針、個人情報保護法38条2項)。2018年の周知通知は、実費には内容確認等の人件費が含まれ得る一方、費用は実際の費用から積算されるため一律に定めることは不適切となる場合があること、医師の立会いを必須とすることは開示を受ける機会を不当に制限するおそれがあり不適切であることを示しています。同調査では、白黒1枚の請求の場合の費用は999円以下が67%でした。コピー1枚あたりの単価と基本手数料を院内規程で定め、掲示する運用が一般的です。
遺族への開示 ― 法の対象外でも指針に従った対応が求められる
個人情報保護法の「個人情報」は生存する個人に関する情報であり(2条1項)、死亡した患者の情報は法の直接の対象外です。しかしガイダンスは、死者の情報を事業者が保有し続ける場合には個人情報と同等の安全管理措置を講ずるものとし、遺族への診療情報の提供は指針の取扱いに従うものとしています。指針は、患者が死亡した際には遅滞なく、遺族に対して死亡に至るまでの診療経過・死亡原因等についての診療情報を提供しなければならないとし、開示を求め得る遺族の範囲を患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者(法定代理人を含む)と定めています。開示の手続・拒み得る場合・費用に関する規定が準用され、患者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重することが必要とされています。
実務上の判断ポイント
- 遺族の範囲の確認 ― 戸籍謄本等で続柄を確認します。兄弟姉妹や内縁の配偶者は「これに準ずる者」に当たるかを個別に判断します。
- 相続人間の対立 ― 遺族の一人からの請求に、他の相続人全員の同意は指針上要求されていません。ただし生前に本人が特定の家族への開示を拒んでいた記録があれば、その意思を尊重します。
- 医療事故が疑われる場面 ― 遺族から開示請求があったときは、紛争の予兆として受け止め、記録の保全と説明の準備を同時に進めます。この場面の対応は「医療事故・医療過誤が疑われたときの初期対応」で解説しています。
- 警察からの依頼 ― 警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律に基づく生前の診療情報の依頼には、遺族の同意なく提供できるとされています(ガイダンスQ&A各論Q4-26)。
警察・保険会社・弁護士会・裁判所からの照会への対応
個人データを本人の同意なく第三者に提供できるのは、法令に基づく場合、人の生命・身体・財産の保護のために必要で同意取得が困難な場合、公衆衛生の向上のために特に必要で同意取得が困難な場合、国の機関等への協力の必要がある場合など、法27条1項各号に限られます。外部からの照会は、この条文のどれに当たるかで対応が分かれます。
| 照会元 | 根拠 | 対応 |
|---|---|---|
| 警察・検察の捜査関係事項照会 | 刑事訴訟法197条2項 = 法令に基づく場合(27条1項1号) | 同意なく回答できる。回答範囲を確認し、照会書の写しと回答内容を記録(Q&A各論Q4-24・Q4-25) |
| 弁護士会照会 | 弁護士法23条の2 = 法令に基づく場合 | 同意なく回答できるが、回答の可否・範囲は照会の必要性と患者の不利益を比較して個別判断(Q4-4) |
| 裁判所の文書送付嘱託・調査嘱託・文書提出命令 | 民事訴訟法に基づく手続 = 法令に基づく場合 | 原則として応じる。提出範囲は嘱託書・命令の記載に従う |
| 保険会社(生命保険・損害保険) | 法令上の根拠なし | 本人の同意がなければ回答不可。同意書が添付されていても本人の意思を確認(Q4-6) |
| 職場・学校 | 法令上の根拠なし | 本人の同意なく病状や回復の見込みを回答してはならない |
| 行政機関の立入検査、感染症の届出、がん登録、児童虐待の通告 | 医療法・感染症法・がん登録推進法・児童虐待防止法等 = 法令に基づく場合 | 法令上の義務・権限として提供(ガイダンス別表3) |
| 身元不明・意識不明患者についての関係機関への照会、災害時の警察からの負傷者照会 | 生命・身体の保護(27条1項2号) | 必要な範囲で提供。経過を記録 |
「法令に基づく場合」であっても、照会に全部答える義務が常に生じるわけではありません。弁護士会照会については、照会に協力する公益的な要請と、患者の秘密を守る守秘義務(刑法134条)の双方を考慮して範囲を決める必要があります。迷う照会は、照会書の原本を確認したうえで、回答前に弁護士に相談してください。回答する場合も、照会事項に対応する範囲に限定し、診療記録の全部をそのまま送付しない運用が基本です。
判断の順番は「①法27条1項のどの号に当たるか → ②当たる場合でも回答範囲をどこまでにするか → ③記録を残す」の3段階です。保険会社・職場・学校は本人同意が出発点であり、相手の提示する同意書を鵜呑みにしないことが重要です。
委託と第三者提供の違い ― 検査会社・クラウド・関連法人
外部に個人データを渡す場面でも、利用目的の達成に必要な範囲で個人データの取扱いの全部または一部を委託する場合、委託先は「第三者」に当たりません(法27条5項1号)。検体検査の外部委託、レセプト請求事務の委託、電子カルテのクラウド保存、院内システムの保守、文書の廃棄委託などがこれに当たり、本人の同意は不要です。その代わり、委託元には委託先に対する必要かつ適切な監督義務があります(法25条)。ガイダンスは、委託契約で安全管理措置を定め、業務が適切に行われていることを定期的に確認することなどを求めています。
第三者提供になる典型例
- 別法人である関連会社・介護事業所・MS法人への診療情報の提供 ― 同じグループでも法人格が別なら第三者です。黙示の同意の範囲を超える提供は本人の同意が必要です。
- 医療機器メーカー・製薬企業への症例情報や手術動画の提供 ― 個人情報保護委員会が2022年に注意喚起した事案です。研究目的の説明は同意になりません。
- 研究機関への診療データの提供 ― 学術研究目的の例外(27条1項5〜7号)は「学術研究機関等」との間でのみ機能します。
第三者提供を行った場合、提供年月日・提供先・データ項目等の記録を作成し保存する義務(法29条)があり、法令に基づく提供や委託には記録義務がかかりません。委託と第三者提供の線引きは、当事務所が運営する企業法務メディアの記事「中小企業のための個人情報保護法の実務」でも解説しています。
診療記録の保存・訂正・改ざん禁止と開示体制の整え方
開示請求に適切に応じる前提は、記録が正しく保存されていることです。医師は診療をしたときは遅滞なく診療録に記載し、病院・診療所の診療録は管理者が5年間保存しなければなりません(医師法24条)。保険医療機関は、療養の給付に関する帳簿・書類その他の記録を完結の日から3年間、患者の診療録は完結の日から5年間保存する義務があります(保険医療機関及び保険医療養担当規則9条)。
指針は、診療記録の訂正は訂正した者・内容・日時等が分かるように行い、字句などを不当に変える改ざんは禁止されるとしています。開示請求を受けた後に記載を追加・修正する行為は、電子カルテの修正履歴から判明し、紛争時に医療機関側の主張全体の信用を失わせます。追記が必要なときは、追記であることが分かる形式で日時と理由を明記してください。
院内で整えておく4点
- 開示規程と申請書式 ― 請求者の区分、確認書類、決定までの標準日数、費用表、不開示決定時の文書通知と苦情窓口を定める。
- 照会対応フロー ― 照会元ごとの判断表、回答範囲の決定者、弁護士への相談基準、照会書・回答の保存方法。
- 院内掲示・ホームページ ― 開示等の手続と手数料、苦情窓口を法32条の公表事項として掲載(指針8項・ガイダンス)。
- 職員教育 ― 窓口で「カルテは出せません」と即答しない、主治医の一存で可否を決めない、記録を触らない、の3原則を共有。
よくある質問(FAQ)
患者からカルテ開示を求められたとき、開示の理由を聞いてもよいですか?
開示請求を受けてから、どのくらいの期間で開示すべきですか?
亡くなった患者の遺族からの開示請求には、相続人全員の同意が必要ですか?
保険会社から患者の同意書付きで病状の照会が来ました。そのまま回答してよいですか?
警察から捜査関係事項照会書が届きました。カルテ全部を送るべきですか?
まとめ
- 本人からのカルテ開示請求には、法定の3つの例外に当たらない限り遅滞なく応じる義務があります(個人情報保護法33条)。理由を尋ねることは不適切です。
- 請求できる者・手続・費用は厚生労働省の指針に従います。費用は実費を勘案した合理的な範囲で、医師の立会いを必須とする運用は不適切です。
- 遺族への開示は法の対象外ですが、指針により配偶者・子・父母及びこれに準ずる者へ生前の意思を尊重しつつ提供します。
- 警察・弁護士会・裁判所からの照会は「法令に基づく場合」として同意なく回答できますが、範囲は限定し記録を残します。保険会社・職場・学校は本人同意が必要です。
- 検査委託・クラウド・保守は委託(第三者ではない)ですが監督義務があり、別法人への提供・企業への提供は第三者提供として同意が必要です。
開示規程と照会対応フローを一度整えておけば、窓口の職員が迷わず、主治医の負担も減ります。当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍し、開示規程の整備、照会への回答文の確認、遺族対応や紛争の予兆がある場面での助言を顧問弁護士サービスとしてチャット・オンラインで全国に提供しています。個別の照会への対応にお困りの場合も、お問い合わせ(無料相談)からお知らせください。
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)― 2条・25条・27条・29条・33条・36条・38条・39条
- 診療情報の提供等に関する指針の策定について(厚生労働省、平成15年9月12日医政発第0912001号)
- 診療情報の提供等に関する指針について(周知)(厚生労働省、平成30年7月20日医政医発0720第2号)
- 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(個人情報保護委員会・厚生労働省)
- 「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」に関するQ&A(事例集)(個人情報保護委員会・厚生労働省)
- 医師法(e-Gov法令検索)― 24条
- 保険医療機関及び保険医療養担当規則(e-Gov法令検索)― 9条
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
