「問診票に病歴を書いてもらうとき、個人情報保護法上の同意は取れているのか」「院内掲示だけで利用目的の公表になるのか」「家族に病状を話してよいのか」――医療機関・介護事業者の事務長や情報管理担当者から、当事務所がよく受けるご相談です。病歴や診療情報は、個人情報保護法で最も厳格な扱いを求められる「要配慮個人情報」です。この記事では、要配慮個人情報の取得に必要な同意、院内掲示による利用目的の公表と「黙示の同意」の範囲、家族への説明、2026年改正の動向を、条文と医療・介護関係事業者向けガイダンスに沿って整理します。
診療のために病歴等の要配慮個人情報を取得する場合、患者が問診票を記入し保険証等を提示する行為をもって取得への同意があったと解され、改めて同意書を取る必要はありません。ただし、利用目的を院内掲示等で公表し(個人情報保護法17条・21条)、黙示の同意が及ぶ範囲を「患者への医療提供に必要な目的」に限ることが前提です(医療・介護関係事業者向けガイダンス、令和8年4月改正)。
要配慮個人情報とは ― 医療機関が扱う情報のほぼ全部が該当する
個人情報保護法2条3項は、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実のほか、不当な差別や偏見が生じないよう取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報を「要配慮個人情報」と定めています。施行令2条は、身体障害・知的障害・精神障害等があること、医師等が行った健康診断その他の検査の結果、健診結果に基づき又は疾病・負傷等を理由として医師等により指導・診療・調剤が行われたこと、などを挙げています。
つまり、病名だけでなく「この患者が当院で診療を受けた」という事実、処方内容、検査結果、健診結果、障害の有無はすべて要配慮個人情報です。医療機関・薬局・訪問看護ステーション・介護事業者が業務で扱う個人情報は、受付名簿の段階からほぼ全部が該当すると考えておくべきです。
要配慮個人情報に特有の3つのルール
- 取得には原則として本人の事前同意が必要(法20条2項)。通常の個人情報に取得時の同意要件はありません。
- 本人の同意なしに第三者提供できる「オプトアウト」方式が使えません(法27条2項ただし書)。
- 1人分でも漏えい等があれば、個人情報保護委員会への報告と本人通知が義務になります(法26条、施行規則7条1号)。
「要配慮」は病名の重さの問題ではなく、風邪の受診歴や処方箋の記載も要配慮個人情報です。取得・提供・漏えいの3場面で一般の個人情報より厳しい規律がかかることを、職員全員の共通認識にしておく必要があります。
取得の同意 ― 問診票と保険証の提示で足りる理由
法20条2項は、要配慮個人情報をあらかじめ本人の同意を得ずに取得することを禁じ、例外として、法令に基づく場合、人の生命・身体・財産の保護のために必要で本人の同意を得ることが困難な場合、公衆衛生の向上のために特に必要で同意取得が困難な場合、国の機関等への協力、学術研究機関等による学術研究目的、本人や国等により公開されている場合などを定めています。
では、診療のたびに同意書が必要なのでしょうか。個人情報保護委員会と厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」(平成29年4月14日、令和8年4月一部改正)は、受付で患者が問診票に病歴等を記入したり保険証等を提示したりする場合、患者のその行為をもって、医療機関が当該情報を取得することについて本人の同意があったものと解されるとしています。同意は書面に限られず、本人の意思が明確に読み取れる行為で足りるという整理です。
| 取得の場面 | 法律上の位置づけ | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 受付での問診票記入・保険証提示 | 患者の行為により取得への同意あり(ガイダンス) | 利用目的の掲示が前提。問診票に掲示への案内を添える |
| 意識不明の救急患者について家族から病歴を聴く | 生命・身体の保護のため必要で同意取得が困難(法20条2項2号) | 本人の同意を得なくてよい例外。聴取した相手と内容を記録する |
| 紹介元から紹介状・検査データを受け取る | 提供元での患者の同意(黙示の同意を含む)に基づく取得 | 紹介状持参は患者自身の意思による |
| 研究・症例報告のために既存の診療情報を使う | 利用目的の範囲外なら本人同意が原則(法18条)。学術研究例外の主体は「学術研究機関等」 | 倫理指針の手続とあわせて確認。2026年改正で病院等が学術研究機関等に含まれると明示される予定 |
同意があったと解されるのは、「診療に必要な情報を診療に使う」という文脈に限られます。問診票の病歴を後日の自由診療の勧誘や関連企業への提供に使うことまで同意されたとは評価できません。取得時の同意は、次の利用目的の範囲と常にセットで考える必要があります。
利用目的の特定と院内掲示 ― 「黙示の同意」が及ぶ範囲
個人情報取扱事業者は、利用目的をできる限り特定し(法17条1項)、その達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱ってはなりません(法18条1項)。取得時には、あらかじめ利用目的を公表している場合を除き、速やかに本人に通知または公表する必要があり(法21条1項)、契約書その他の書面で本人から直接取得する場合は、あらかじめ利用目的を明示しなければなりません(法21条2項。緊急時を除く)。
ガイダンスは、医療機関等は通常必要とされる利用目的を特定して院内掲示等により公表しなければならないとし、院内掲示等で公表した利用目的のうち、患者に提供する医療サービスに関するものについては、患者から明示的に留保の意思表示がなければ黙示の同意があったものと考えられるとしています。これが、診療ごとに同意書を取らずに院内連携・保険請求・他の医療機関との連携を行える根拠です。
黙示の同意が及ぶ範囲と及ばない範囲
黙示の同意が及ぶのは、患者への医療の提供に必要な利用目的に限られます。ガイダンス別表2は、通常の業務で想定される利用目的として、医療・介護サービスの提供、保険事務、他の事業者との連携、検体検査等の業務委託、家族への病状説明、学生実習への協力、外部監査機関への情報提供などを挙げています。
- 黙示の同意で足りる例 ― 院内の他の診療科での利用、紹介先への診療情報提供、調剤薬局との服用歴の情報交換、審査支払機関へのレセプト提出、検体検査の外部委託。
- 足りない例 ― 自由診療・物販の案内目的での利用、医療機器メーカーや製薬企業への症例情報・手術動画の提供、関連法人のサービス勧誘への利用、研究目的での第三者提供。利用目的として個別に特定し、原則として本人の明示的な同意が必要です。
個人情報保護委員会は、2022年11月の医療機関向け注意喚起で、複数の眼科医療機関が手術動画を医療機器メーカーに提供していた事案を取り上げ、「学術研究に使う」と説明していたことは第三者提供の同意には当たらず、医療機器メーカーは一般に「学術研究機関等」にも当たらないと指摘しています。掲示に書いてあれば何でもよいわけではない、という点を示す事例です。
黙示の同意は「患者の診療に必要な目的」にしか及びません。勧誘・企業への提供・研究といった医療提供以外の目的は、掲示に書くだけでなく、個別に説明して明示的な同意を取る設計にしてください。
院内掲示の書き方と見直しのポイント
院内掲示は、法21条の「公表」と黙示の同意の前提を兼ねる文書です。あわせて法32条1項は、保有個人データについて、事業者の名称・住所・代表者の氏名、全ての保有個人データの利用目的、開示等の請求に応じる手続(手数料を定めたときはその額)などを本人の知り得る状態に置くことを求めています。掲示とホームページのプライバシーポリシーをこれに対応させておくのが実務的です。
掲示に盛り込む項目
- 医療機関名・所在地・管理者(法人であれば代表者)の氏名
- 利用目的 ― 院内での利用(診療、会計、入退院管理、医療安全、職員研修など)と、院外への提供を伴う利用(他の医療機関・薬局・訪問看護との連携、保険事務、審査支払機関、家族への説明、検査委託、賠償責任保険の手続、外部監査など)を分けて列挙
- 同意しがたい利用目的は受付に申し出れば留保できる旨と、その申出先
- 開示・訂正・利用停止の請求手続、手数料の額、問い合わせ・苦情の窓口
開院時の掲示を一度も更新していない、別法人である関連会社や介護事業所への提供を書いていないのに情報共有している、「その他当院が必要と判断した目的」という包括的な記載で済ませている、といった不備は少なくありません。ガイダンスQ&A(各論Q2-3)は、掲示後も患者が理解できるよう説明や書面交付などの配慮が必要だとしています。年に一度、掲示・ポリシー・実際の業務フローを突き合わせて更新することをお勧めします。
家族への病状説明と外部からの照会
家族への病状説明は、別表2に通常の利用目的として挙げられており、院内掲示があり患者から明示的な留保がなければ黙示の同意に基づいて行えます(Q&A各論Q4-1)。ただしガイダンスは、本人以外に病状を説明する場合、あらかじめ説明を行う家族等の対象者を確認し、同意を得ることが望ましいとしています。入院時や初診時に「説明してよい相手」を患者に確認して記録する運用が、トラブルを最も減らします。
- 意識不明の患者の家族への説明 ― 本人の同意を得ずに第三者提供できる場合(法27条1項2号)と考えられます。
- 本人への告知前に家族へ説明する場合 ― 慎重な判断と配慮が求められます(Q4-2)。
- 未成年の患者から「親に言わないで」と頼まれた場合 ― 生命等の保護が必要な場面では親に説明できますが(Q4-3)、それ以外は本人の意思を尊重する余地があります。
- 電話で家族を名乗る相手 ― 家族であると確認できる範囲に応じて回答範囲を調整し(Q4-18)、確認できないときは来院を求めます。
- 職場・学校・保険会社からの照会 ― 本人の同意なく病状や回復の見込みを回答してはならないとされています。保険会社が提示した同意書があっても本人の意思を確認すべきとされています(Q4-6)。
いずれの場面でも「誰に・何を・いつ・誰が」説明したかを診療記録に残すことが、後に提供の正当性を示す唯一の手段になります。
違反したときのリスク ― 勧告・命令・罰則・民事責任
利用目的の範囲を超えた利用(法18条)、同意のない要配慮個人情報の取得(法20条2項)、利用目的の通知・公表義務違反(法21条)、同意のない第三者提供(法27条)は、個人情報保護委員会の勧告・命令の対象です(法148条1項・2項)。個人の重大な権利利益を害する事実があり緊急に措置をとる必要があるときは、勧告を経ない命令もあります(同条3項)。命令違反には1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金、法人には1億円以下の罰金が定められ(法178条・184条)、報告徴収・立入検査(法146条)に対する虚偽報告等には50万円以下の罰金があります(法182条)。
医療従事者には別に守秘義務があります。医師・薬剤師・助産師が正当な理由なく業務上知り得た人の秘密を漏らしたときは秘密漏示罪(刑法134条1項、6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)が、看護師等には保健師助産師看護師法上の守秘義務が課されています。民事では、本人から不法行為(民法709条)や使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償請求を受ける可能性があります。もっとも実際に深刻なのは、患者の苦情が口コミや報道に発展する信用低下であり、掲示と運用を整えることは患者対応の説明根拠を用意することでもあります。
2026年改正個人情報保護法で何が変わるか
個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律は、2026年7月10日に成立し、同月17日に公布されました。施行は原則として公布の日から2年を超えない範囲内で政令で定める日とされ、個人情報保護委員会が政令・規則・ガイドラインの整備を進めています。医療機関の取得・利用目的に関係する改正点は次のとおりです。
- 病院等が「学術研究機関等」に含まれることの明示 ― 学術研究目的の例外(法18条3項・20条2項・27条1項)の主体に、医療の提供を目的とする機関・団体が含まれることが条文上明らかになります。
- 統計作成等の特例 ― 統計情報等の作成(統計作成等と整理できるAI開発を含む)のみに利用される場合、公開されている要配慮個人情報の取得や個人データの第三者提供について本人同意が不要になります(公表・書面合意などの規律付き)。
- 同意取得困難性要件の緩和 ― 生命等の保護や公衆衛生の向上のために取り扱う場合の要件が緩和されます。
- 16歳未満の本人 ― 同意取得や通知等は法定代理人を対象とすることが明文化され、小児科・学校健診・予防接種の運用に影響します。
- 課徴金の導入 ― 重大な違反で個人の権利利益が侵害された場合等に、違反行為で得た財産的利益に相当する額の課徴金が課されます。
施行までに、院内掲示の利用目的の整理、未成年者の同意取得フロー、研究目的の利用に関する院内規程の見直しを進めておくと、施行時の対応が小さくて済みます。個人情報保護法の全体像は、当事務所が運営する企業法務メディアの記事「中小企業のための個人情報保護法の実務」でも解説しています。
よくある質問(FAQ)
診療のたびに個人情報の同意書に署名してもらう必要はありますか?
院内掲示に書いておけば、どんな利用でも黙示の同意があったことになりますか?
患者から「家族には病状を知らせないでほしい」と言われた場合、どうすべきですか?
職場や学校から「本人の体調を教えてほしい」と電話がありました。回答できますか?
院内の症例検討や研究に診療情報を使う場合、患者の同意は必要ですか?
まとめ
- 医療機関・介護事業者が扱う病歴・診療情報・健診結果・障害の有無は、受診した事実を含めてほぼ全部が要配慮個人情報です(法2条3項、施行令2条)。
- 診療のための取得は、利用目的の院内掲示を前提に、問診票の記入や保険証の提示をもって同意があったと解されます(法20条2項、ガイダンス)。
- 黙示の同意が及ぶのは患者への医療提供に必要な目的に限られ、勧誘・企業提供・研究目的には個別の明示的な同意が必要です。
- 家族への説明は対象者を事前に確認して記録し、職場・学校・保険会社への回答は本人の同意を前提にします。
- 2026年改正(7月17日公布、施行は2年以内)で、病院等の学術研究機関等への明示、統計作成等の特例、16歳未満の法定代理人対応、課徴金が導入されます。
院内掲示とプライバシーポリシーの見直し、家族への説明や外部照会に対応する手順書、研究・企業連携時の同意の取り方は、一度仕組みを作れば日常業務の負担をかえって減らします。当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍し、医療現場の実態を踏まえた顧問弁護士サービスをチャット・オンラインで全国に提供しています。掲示文の確認だけでも構いませんので、まずはお問い合わせ(無料相談)からお知らせください。医療事故が疑われる場面での情報開示は「医療事故・医療過誤が疑われたときの初期対応」もあわせてご覧ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
