2024年4月に医師の時間外労働の上限規制が始まり、2年半が経過しました。「うちはA水準で収まっているはず」「宿日直許可を取ったので当直は労働時間に入らない」と考えていた病院・診療所でも、兼業先の勤務時間や当直明けの連続勤務を点検すると、年960時間の上限や面接指導の要件に触れていることが少なくありません。この記事では、医師の働き方改革の法的な骨格、A水準・連携B・B・C水準の上限、追加的健康確保措置、宿日直許可の基準と労働時間の扱い、副業・兼業先の労働時間の通算を、院長・理事長・事務長の実務に沿って整理します。
医師の時間外・休日労働の上限は、原則(A水準)が月100時間未満・年960時間、都道府県知事の指定を受けた特定労務管理対象機関(連携B・B・C-1・C-2水準)の対象業務に限って年1,860時間であり、宿日直許可を受けた時間は労働時間に数えないものの、許可基準から外れた実態や兼業先の労働時間の未通算があれば上限違反になり得ます。根拠は労働基準法141条・同法施行規則69条の4・69条の5、医療法108条〜128条、令和元年7月1日付け基発0701第8号通達です。
医師の時間外労働の上限規制の全体像 ― 2024年4月から何が変わったか
一般の労働者には2019年4月(中小企業は2020年4月)から、36協定で定められる時間外労働に法律上の上限(月45時間・年360時間、臨時的な特別の事情がある場合でも月100時間未満・年720時間など。労働基準法36条)が設けられました。医業に従事する医師はこの適用が5年間猶予され、2024年4月1日から医師専用の上限規制が適用されています(労働基準法141条)。
医師の上限規制は二つの法律で組み立てられています。労働基準法141条は、36協定で定める時間外・休日労働の上限を「労働者の健康及び福祉を勘案して厚生労働省令で定める時間」とし、同法施行規則69条の4・69条の5がこれを「1か月について100時間未満・1年について960時間」と定めています(面接指導等の措置を講じた場合は月100時間の制限が外れ、年960時間のみ)。これがすべての診療従事勤務医に適用される原則、いわゆるA水準です。一方、救急医療や臨床研修などのためにやむを得ず年960時間を超える勤務が必要な医療機関については、医療法が「特定労務管理対象機関」の制度を置き(医療法113条・118条・119条・120条・122条)、都道府県知事の指定を受けた医療機関では医療法128条の読み替えにより年1,860時間までの時間外・休日労働が可能になります。その代わりに、面接指導や勤務間インターバルといった追加的健康確保措置が法律上の義務となります。
対象は、病院・診療所で診療を直接の目的とする業務を行う医師と、介護老人保健施設・介護医療院に勤務する医師です(施行規則69条の2)。産業医や健診センターの医師には一般労働者と同じ上限が適用されます。
A水準・連携B・B・C水準の上限と都道府県知事の指定
各水準の上限と根拠は次のとおりです。指定は医療機関全体ではなく「指定の対象となった業務に従事する医師」に適用される点に注意が必要です。
| 水準 | 対象 | 時間外・休日労働の上限 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| A水準(原則) | すべての診療従事勤務医 | 月100時間未満・年960時間 | 労基法141条、施行規則69条の4・69条の5 |
| 連携B水準 | 他の医療機関への医師派遣により派遣医師の労働時間が長くなる医療機関 | 通算で年1,860時間・月100時間未満(例外あり)。各医療機関では年960時間以下 | 医療法118条・128条 |
| B水準 | 救急医療・居宅等における医療・地域で他に提供が困難な医療を担う医療機関 | 年1,860時間・月100時間未満(例外あり) | 医療法113条・128条、施行規則80条 |
| C-1水準 | 臨床研修医・専攻医の研修を行う医療機関 | 年1,860時間・月100時間未満(例外あり) | 医療法119条・128条 |
| C-2水準 | 特定分野の高度技能修得研修を行う医療機関 | 年1,860時間・月100時間未満(例外あり) | 医療法120条・128条 |
指定は開設者が都道府県知事に申請します。申請には勤務医等の意見を聴いて作成した「医師労働時間短縮計画」の案を添え、面接指導と休息時間確保の体制があること、労働関係法令違反で処分・公表等を受けた事実がないことが要件です(医療法113条2項・3項)。都道府県知事は医療機関勤務環境評価センターの第三者評価を踏まえ、都道府県医療審議会の意見を聴いて指定し(同条4項・5項)、指定は3年ごとの更新制(115条)で、要件を欠けば取り消されます(117条)。指定後も時短計画に基づく取組と定期的な見直し・提出が義務です(122条)。
年1,860時間はどの医療機関でも使える上限ではなく、都道府県知事の指定を受けた業務に従事する医師に限られます。指定のない医療機関の医師が年960時間を超えれば、それだけで労働基準法141条3項違反です。
追加的健康確保措置 ― 面接指導・連続勤務時間制限・勤務間インターバル
面接指導(全医療機関に義務)
病院・診療所の管理者は、時間外・休日労働が1か月について100時間以上となることが見込まれる医師に対し、所定の要件を満たす面接指導実施医師による面接指導を行わなければなりません(医療法108条1項、施行規則62条)。原則として100時間に達する前に実施し(施行規則63条)、結果に基づき意見を聴いて、必要があれば労働時間の短縮や宿直回数の減少などの措置を講じ、記録を保存します(108条4項〜7項)。A水準の医療機関を含むすべての病院・診療所の義務で、怠れば都道府県知事の改善命令の対象です(111条)。
連続勤務時間制限・勤務間インターバル・代償休息
始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保すること(連続勤務時間制限28時間・勤務間インターバル9時間)が求められ、宿日直許可を受けた宿日直に連続9時間従事する場合はその時間を休息時間として扱えます(施行規則76条・77条・113条・114条)。やむを得ず休息時間中に労働させた場合は、事後に相当する休息(代償休息)を与えます(医療法123条2項)。A水準では努力義務(110条)ですが、特定労務管理対象機関では義務となり、記録の作成・保存(124条)と改善命令(126条)の対象になります。複数の医療機関に勤務する医師については、他院の管理者に協力を求めることができ、求められた側は応じるよう努めます(125条)。兼業先の当直明けに自院の外来が組まれていないか、シフト作成の段階で確認する運用が必要です。
宿日直許可の基準と労働時間の扱い
労働基準法41条3号は「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」について労働時間・休憩・休日の規定を適用しないとし、同法施行規則23条が、宿直・日直の断続的な業務について所轄労働基準監督署長の許可(様式第10号)を受けた場合の取扱いを定めています。許可を受けた宿日直の時間は労働時間に算入されず、36協定の限度時間にも年960時間・1,860時間の上限にも数えません。逆に、許可を受けずに行う当直は、仮眠していても通常の労働時間です。
一般的な許可基準(昭和22年発基17号)に加え、医師・看護師等については令和元年7月1日付け基発0701第8号通達が具体的な判断基準を示しています。労働基準監督署は申請書の審査に加え、監督官の実地調査(従事する医師等へのヒアリング、仮眠スペースの確認、勤務記録の確認)を経て許可を判断します。
| 基準 | 内容 | 実務での確認ポイント |
|---|---|---|
| 勤務の位置づけ | 通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後の勤務であること | 日勤の延長として当直に入る運用は不可。始業・終業に密着した4時間未満の短時間業務も対象外 |
| 業務の内容 | 一般の宿直業務のほかは、特殊の措置を必要としない軽度又は短時間の業務に限る(少数の要注意患者の問診・軽度の処置、看護師への指示、定期的な病棟回診など) | 救急患者の診療など通常と同態様の業務は「まれ」であること。急患日誌・電子カルテのログで実態を示す |
| 睡眠 | 宿直は夜間に十分な睡眠がとり得ること。相当の睡眠設備があること | 仮眠室の図面・写真を添付 |
| 手当 | 宿日直1回の手当が同種の労働者の賃金の1人1日平均額の3分の1以上 | 就業規則・賃金規程の算出根拠を整備 |
| 回数 | 宿直は週1回、日直は月1回が限度(事情により超えて許可される場合あり) | 当番表で確認 |
許可を受けた宿日直中に、救急患者の診療や患者の死亡・出産への対応など「通常と同態様の業務」がまれに発生した場合、その時間は労働時間として賃金(深夜なら割増賃金を含む)を支払う必要があります。許可は一部の診療科・職種・時間帯に限って申請することもできます。
宿日直許可の効果は、実態が許可基準に適合している限りです。通常勤務と同じ態様の業務が常態化すれば時間全体が労働時間と評価されるおそれがあるため、許可取得後も年に一度は急患対応の頻度と睡眠の実態を点検することが重要です。
副業・兼業先の労働時間の通算
労働基準法38条1項は、労働時間は「事業場を異にする場合においても」通算すると定めています。大学病院に所属しながら関連病院で外来や当直を担う医師の時間外・休日労働は、原則として自院と兼業先の労働時間を合算したうえで上限に収める必要があります。連携B水準が「各医療機関では年960時間以下、通算で年1,860時間」という二段構えなのは、この通算を前提にした制度設計です。
厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」と「副業・兼業時の労働時間の通算のポイント」(2023年3月)は、使用者が労働者の自己申告などで副業・兼業先の労働時間を把握して自社の労働時間と足し合わせること、所定労働時間は契約の先後の順に、所定外労働時間は実際に行われた順に通算すること、届出制など副業・兼業の有無・内容を確認する仕組みを設けることを求めています。医療機関では、兼業の届出を就業規則で義務づけ、毎月の兼業先の勤務予定・実績を提出させる運用が基本です。なお、学会準備や論文執筆などの「研鑽」が労働時間に当たるかは、同日付の基発0701第9号通達が上司の明示・黙示の指示の有無などによる考え方を示しており、院内ルールとして明文化しておくことが望まれます。
違反時のリスクと病院・診療所が整えるべき体制
上限規制に違反して医師を労働させた使用者には、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金が定められています(労働基準法141条5項)。労働基準監督署の是正勧告のほか、医療法上は面接指導・休息時間確保を怠った場合の都道府県知事の改善命令(111条・126条)、指定取消し(117条)のリスクも並行し、過労による健康障害が生じれば安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求にもつながります。
整えるべき体制のチェックリスト
- 36協定。医師を含む36協定が医師専用の様式で、月100時間未満・年960時間(指定医療機関は年1,860時間)の範囲内で締結・届出され、面接指導等の事項が盛り込まれているか。
- 労働時間の客観的な把握。医師の出退勤を客観的な方法で記録し、宿日直許可の有無で時間を区分して集計しているか。研鑽の取扱いが明文化されているか。
- 兼業の届出と通算。兼業先の勤務予定・実績を毎月把握し、通算した時間で上限管理と面接指導の要否判定をしているか。
- 面接指導と休息。面接指導実施医師を確保し月100時間到達前に実施できるか。当直明けの連続勤務が28時間を超えないシフトか。代償休息の付与・記録の仕組みがあるか。
- 宿日直許可の点検。許可の範囲(診療科・時間帯)と実態が一致し、通常と同態様の業務が発生した時間に賃金を支払っているか。
- 指定医療機関の時短計画。時短計画の見直し・提出と、3年ごとの更新期限を管理しているか。
よくある質問(FAQ)
医師の時間外労働の上限は何時間ですか?
連携B水準とB水準は何が違うのですか?
宿日直許可を受けた当直の時間は労働時間に入りますか?
宿日直許可の基準で特に審査されるのは何ですか?
面接指導はA水準の診療所でも必要ですか?
兼業先の勤務時間はどのように把握すればよいですか?
まとめ
- 医師の時間外・休日労働の上限は、原則(A水準)が月100時間未満・年960時間、都道府県知事の指定を受けた特定労務管理対象機関の対象業務に限って年1,860時間です(労働基準法141条、医療法113条〜128条)。
- 面接指導(月100時間以上見込み)はすべての病院・診療所の義務、連続勤務時間制限28時間・勤務間インターバル9時間・代償休息は指定医療機関の義務(A水準は努力義務)です。
- 宿日直許可を受けた時間は労働時間に数えませんが、効果が及ぶのは許可基準に適合した実態がある限りで、通常と同態様の業務が生じた時間には賃金の支払いが必要です。
- 兼業先の労働時間は労働基準法38条1項により通算されるため、届出制と毎月の自己申告で把握し、違反には刑事罰・改善命令・指定取消しのほか未払賃金や損害賠償のリスクが重なります。
医師の労働時間管理は、労働法の知識だけでなく、当直や救急の現場で何が起きているかを理解していなければ適切な制度設計ができません。当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍しており、顧問弁護士サービスでは企業法務の弁護士チームが36協定・就業規則・宿日直許可申請の整備、兼業管理のルール作り、労働基準監督署の調査対応までをチャット・オンラインで全国の医療機関に提供しています。自院の体制に不安がある院長・事務長の方は、お問い合わせ(無料相談)からご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
