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医療・介護の労務

医療・介護のハラスメントと問題職員対応 ― 2026年10月義務化のカスハラ対策、注意指導・懲戒・解雇の順番、退職トラブル

「ベテラン看護師の後輩への当たりが強く、新人が次々と辞めてしまう」「患者の家族から毎日のように理不尽な抗議を受け、職員が疲弊している」「勤務態度に問題のある介護職員を辞めさせたいが、解雇は怖い」――医療・介護の現場では、職員同士、患者・利用者との間、そして退職の場面で、人の問題が経営を直撃します。この10月1日からは、患者・利用者やその家族からのカスタマーハラスメントへの対策が法律上の義務になりました。この記事では、医療・介護職場に求められるハラスメント防止措置の全体像、カスタマーハラスメント対策の義務化、問題職員への注意指導から懲戒・退職勧奨・解雇までの順番と有効性の判断基準、退職時の引継ぎ・有給消化のトラブルを、使用者側の実務に沿って整理します。

この記事の結論

医療・介護事業者は、パワハラ防止措置(労働施策総合推進法30条の2)に加え、2026年10月1日から患者・利用者・家族を含む「顧客等」の言動に対するカスタマーハラスメント対策(同法33条)を講じる義務を負い、問題職員への対応は注意指導の記録を積み重ねたうえで懲戒・退職勧奨・解雇へ段階的に進めなければ、解雇は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を欠くとして無効になります(労働契約法15条・16条)。

医療・介護職場に求められるハラスメント防止措置の全体像

職場のパワーハラスメントについては、労働施策総合推進法30条の2が、事業主に相談体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけています。2020年6月1日に大企業で義務化され、2022年4月1日からは中小企業を含むすべての事業主に適用されています。セクシュアルハラスメントについては男女雇用機会均等法11条、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントについても均等法・育児介護休業法に同様の措置義務があります。

パワハラの定義は、厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)が示す3要素で判断します。①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、のすべてを満たすものです。客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導はパワハラに該当しません。指針は代表的な言動を6類型(身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害)に整理しています。医療・介護の現場では、患者の安全のために厳しい指導が必要な場面が多い反面、「人格を否定する言葉」「他の職員の前での執拗な叱責」「業務から外して雑用のみを命じる」といった行為が、指導の名のもとに常態化しやすい点に注意が必要です。

措置具体的な内容医療・介護での実装例
方針の明確化と周知・啓発ハラスメント禁止と行為者への対処方針を就業規則等に定め、周知する服務規律・懲戒事由に明記し、入職時と年1回の研修で説明
相談体制の整備相談窓口を定めて周知し、担当者が適切に対応できるようにする事務長・看護部長とは別に外部窓口(弁護士等)を併設
事後の迅速かつ適切な対応事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止当事者・目撃者のヒアリング記録、シフトの分離、懲戒委員会
併せて講ずべき措置プライバシー保護、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止相談記録の閲覧権限の限定、相談者を配置転換で不利に扱わない

2026年10月施行 ― 患者・利用者・家族からのカスタマーハラスメント対策の義務化

令和7年に成立した労働施策総合推進法等の改正により、2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント対策が義務づけられました(労働施策総合推進法33条)。対象となるのは「顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」の言動であって、労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されることです。患者・利用者・その家族は、まさに「施設の利用者」「事業に関係を有する者」に当たります。

事業主は、労働者からの相談に応じ適切に対応する体制の整備、就業環境を害する言動への対応の実効性を確保するための抑止措置、その他雇用管理上必要な措置を講じなければならず、相談したことを理由とする不利益取扱いも禁止されます(33条1項・2項)。厚生労働省のカスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は、①方針の明確化と労働者への周知・啓発、②相談窓口の設置と適切な対応、③事後の迅速かつ適切な対応(事実確認、被害者の安全確保と配慮、行為者への対応、再発防止)を求め、方針を顧客等にも周知することの有効性、対応マニュアルと研修、法的手続が必要な場合の弁護士への相談を挙げています。

指針は、苦情のすべてがカスタマーハラスメントに当たるわけではなく、社会通念上許容される範囲の申入れは正当なものであること、障害のある利用者が障害者差別解消法に基づく合理的配慮を求めること自体は該当しないことも明記しています。患者の不安や認知症に伴う言動と、暴言・威圧・居座り・職員個人への執拗な要求とを切り分ける基準を、現場の職員が迷わない形で示すことが要点です。

診療を断ることとの関係では、医師法19条1項の応招義務について、厚生労働省の令和元年12月25日付け通知(医政発1225第4号)が、迷惑行為の態様に照らし診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には新たな診療を行わないことが正当化されると整理しています(緊急対応が必要な場合は別)。他方、医療費の不払いのみを理由に診療を拒むことは正当化されません。対応方針には、この通知に沿った診療継続・転院勧奨の判断手順も組み込んでおくべきです。

ポイント

患者・利用者からのハラスメント対策は、2026年10月1日から法律上の義務です。「患者様だから我慢する」運用を続けると、職員に対する安全配慮義務違反として事業者が責任を問われる構造になりました。方針の院内掲示・ウェブサイトでの公表、対応マニュアル、相談窓口の3点をまず整えてください。

問題職員への注意指導と記録の残し方

遅刻・欠勤の繰り返し、申し送りの無視、患者・利用者への不適切な言動、同僚への攻撃的態度といった問題職員への対応は、最初の一手が口頭注意で終わり、記録が残っていないことがほとんどです。後に懲戒や解雇の有効性が争われたとき、裁判所が見るのは「改善の機会を与えたか」「それでも改善しなかったか」の記録であり、記録がなければ問題行動も改善指導も立証できません。

  • 事実を特定して記録する。日時・場所・具体的な言動・影響・目撃者を当日中に記録します。「態度が悪い」ではなく「○月○日の申し送りで、指示された点滴速度の変更を記録せず、確認した先輩に『聞いていない』と返答した」のように書きます。
  • 口頭注意の後は書面で。同種の問題が繰り返されたら注意指導書を交付し、改善すべき点・期限・改善しない場合の対応を記載して受領サインをもらいます。
  • 改善の機会を具体的に与え、就業規則の該当条文を特定する。面談・業務分担の見直し・研修などの機会と結果を記録し、問題行動がどの服務規律・懲戒事由に当たるかを注意指導の段階で特定します。

注意指導の場面で加害者側に回らないことも重要です。複数人で長時間叱責する、他の職員の前で罵倒する、私生活に踏み込む指導は6類型に該当するおそれがあり、問題職員から逆にパワハラを主張される典型です。

懲戒処分・退職勧奨・解雇の順番と有効性の判断基準

懲戒処分は、就業規則に懲戒の種類と事由が定められていること(労働基準法89条9号)が前提で、労働契約法15条により、行為の性質・態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合は無効です。戒告・けん責から減給・出勤停止・降格・諭旨退職・懲戒解雇へと段階を踏み、処分前に本人に弁明の機会を与えることが相当性の判断で重視されます。

解雇は労働契約法16条により、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性の両方が必要です。能力不足・勤務態度を理由とする普通解雇では、注意指導と改善機会の付与、配置転換など解雇回避の努力をしたか、問題の程度が雇用の継続を期待できないほど重大かが問われます。手続面では、少なくとも30日前の予告か30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが必要です(労働基準法20条)。

段階手段有効性・適法性のポイント
1口頭注意→書面による注意指導事実の特定、改善点と期限の明示、記録の保存
2軽い懲戒(戒告・けん責・減給)就業規則の懲戒事由に該当、弁明の機会、処分の均衡
3退職勧奨あくまで任意の合意形成。回数・時間・人数・言い方が執拗だと違法になり、退職合意自体も無効と争われる
4普通解雇客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性(労契法16条)、30日前予告または予告手当(労基法20条)
5懲戒解雇重大な非違行為に限定。手続の適正と事実の立証がなければ無効

退職勧奨は解雇ではなく、職員が自らの意思で退職に合意するよう促す行為です。合意に至れば解雇の有効性を争われるリスクは消えますが、面談を繰り返し長時間行う、退職以外の選択肢がないと誤信させるといった態様は違法な退職強要と評価され、損害賠償の対象になるだけでなく退職届の無効も争われます。面談は短時間・少人数で、録音を前提に、検討する時間を確保することが基本です。

ポイント

医療・介護の解雇紛争で事業者が負けるのは、問題行動が軽いからではなく、記録と手順が欠けているからです。注意指導書・弁明の機会・就業規則の該当条文の3点がそろっていれば、解雇に至る前の段階で解決できることが大半です。

退職時のトラブル ― 突然の退職申出・引継ぎ・有給消化

期間の定めのない雇用契約では、職員はいつでも解約を申し入れることができ、申入れから2週間を経過すれば雇用は終了します(民法627条1項)。就業規則で「退職は1か月前までに申し出る」と定めていても、職員を2週間を超えて拘束することはできず、退職日を一方的に遅らせることはできません。したがって、引継ぎは「義務づけて強制する」ものではなく、退職日までの勤務の中で業務として指示し、協力を得て進めるものと考える必要があります。引継ぎをしなかったことを理由とする損害賠償請求は、具体的な損害と因果関係の立証が難しく、現実的な手段にはなりにくいのが実情です。

退職前の年次有給休暇の一括取得については、使用者は事業の正常な運営を妨げる場合に時季を変更できますが(労働基準法39条5項)、退職日以降に変更先の時季がないため、退職直前の有給取得に時季変更権を行使することは事実上できません。残日数を把握し、引継ぎに必要な出勤日と有給取得日を本人と合意して組むのが現実的です。なお、10日以上の年休が付与される職員には年5日の取得義務があり(39条7項)、退職までに5日取得させていない場合は使用者側の義務違反になります。

退職代行業者からの連絡や無断欠勤のまま連絡が取れないケースでは、本人の退職意思の確認、貸与物の返還、患者情報を含むデータの取扱いを書面またはメールで記録に残しながら進め、採用時の誓約書に基づく秘密保持を退職時にも再確認します。

有期契約職員・試用期間中の職員の扱い

契約期間を定めて雇用している看護師・介護職員・事務職員については、期間途中の解雇は「やむを得ない事由」がある場合に限られ(労働契約法17条1項)、通常の解雇より厳しく判断されます。契約期間満了時の雇止めも、反復更新により無期契約と同視できる場合や更新に合理的期待がある場合には、解雇と同様の客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(19条)。問題のある有期職員について「更新しなければよい」と安易に考えるのではなく、更新時に評価結果を伝え、改善を求めた記録を残しておくことが重要です。

試用期間中の職員の本採用拒否も、通常の解雇より認められる範囲は広いとはいえ、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。評価項目を定めて複数回フィードバックし記録を残すことが有効性を支え、満了日直前に初めて問題を指摘する運用は避けるべきです。

問題職員対応の一般的な手順と証拠の残し方は、当事務所が運営する守りの経営オンラインの記事「問題社員への対応手順」、ハラスメント防止措置の実務は「ハラスメント防止措置の義務と企業の実務」でも整理しています。

よくある質問(FAQ)

患者や利用者の家族からの暴言・威圧にも、事業者は法律上の対策義務を負うのですか?
負います。2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法33条により、顧客・施設の利用者その他事業に関係を有する者の言動で社会通念上許容される範囲を超えたものから労働者の就業環境を守るため、相談体制の整備や抑止のための措置を講じることがすべての事業主の義務になりました。患者・利用者・家族はこの「顧客等」に含まれます。
厳しい指導とパワハラの線引きはどこにありますか?
厚生労働省の指針では、優越的な関係を背景とし、業務上必要かつ相当な範囲を超え、就業環境を害するという3要素をすべて満たす言動がパワハラです。患者安全のために必要な範囲で行われる適正な指導は該当しませんが、人格否定、他の職員の前での執拗な叱責、業務から外して雑用のみを命じるといった態様は該当するおそれがあります。
勤務態度に問題のある職員をすぐに解雇できますか?
原則としてできません。解雇は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要で(労働契約法16条)、注意指導と改善機会の付与、軽い懲戒処分を経ずに行った解雇は無効と判断されやすいです。まず事実を特定した注意指導書を交付し、改善の有無を記録することから始めてください。
職員が2週間後に退職すると言ってきました。就業規則の1か月前申出のルールで引き止められますか?
期間の定めのない雇用では、解約の申入れから2週間を経過すると雇用は終了します(民法627条1項)。就業規則で1か月前の申出を定めていても、職員を2週間を超えて拘束することはできません。引継ぎは退職日までの業務として指示し、協力を得て進めるほかなく、引継ぎ不履行を理由とする損害賠償は現実的な手段になりにくいです。
退職直前に有給休暇をまとめて取ると言われました。時季変更権で断れますか?
事実上できません。時季変更権(労働基準法39条5項)は他の時季に与えることを前提とした権利であり、退職日以降に変更先の時季がないため、退職直前の取得請求には行使できないと考えられています。残日数を把握し、引継ぎに必要な出勤日と有給取得日を本人と合意して組むのが現実的です。

まとめ

  • パワハラ防止措置(労働施策総合推進法30条の2)はすべての事業主の義務で、方針の明確化・相談体制・事後対応・不利益取扱い禁止の4点を就業規則と研修で実装します。
  • 2026年10月1日からは、患者・利用者・家族を含む顧客等の言動に対するカスタマーハラスメント対策(同法33条)も義務となり、方針の公表・マニュアル・相談窓口と、応招義務の通知に沿った判断手順が必要です。
  • 問題職員への対応は、事実を特定した注意指導の記録を積み重ね、軽い懲戒・退職勧奨を経て、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を備えた解雇に至る順番を守ります。
  • 退職の申入れから2週間で雇用は終了し、退職直前の有給取得に時季変更権は事実上使えません。有期職員・試用期間中の職員も、更新時・試用中の評価記録が有効性を支えます。

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参考(一次情報)
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この記事の執筆者
弁護士・医師 澄川 淳矢弁護士法人 越水法律事務所 弁護士・医師(第一東京弁護士会)

京都大学医学部卒業、倉敷中央病院での初期研修を修了した医師であり、弁護士。医療現場での経験を背景に、病院・クリニック・介護事業者・医薬品・医療機器・ヘルステック企業の法務について、医療の実態を踏まえた実践的な助言を行う。

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越水 遥
この記事の監修者
代表弁護士 越水 遥弁護士法人 越水法律事務所 代表弁護士(第一東京弁護士会)

大手法律事務所を経て越水法律事務所を設立。企業法務全般、M&A、ファイナンス、スタートアップ支援を手がけ、東証グロース上場企業の社外取締役も務める。医療機関・ヘルスケア企業の顧問として、経営の視点を踏まえた法務支援を行う。

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※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。

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