10月は、来春の採用活動と並行して、年度途中の退職・独立の相談が増える時期です。「紹介会社経由で採用した看護師が3か月で辞めたのに手数料は戻らないのか」「勤務医が近隣で開業するにあたり、看護師と患者を連れて行こうとしている」「退職する職員に競業避止の誓約書を書かせているが、本当に効くのか」――医療・介護事業者からのご相談で、採用・引抜き・競業避止は常に上位にあります。この記事では、採用時の労働条件明示と2024年改正、医師・看護師の有期雇用と無期転換ルール、職員紹介会社の手数料・返戻金・お祝い金の規制、医療関連業務の派遣禁止と例外、開業する勤務医による引抜きへの対応、競業避止義務・秘密保持義務の有効性と誓約書の作り方を、使用者側の実務に沿って整理します。
医療・介護職員の採用・引抜き・競業避止では、有期契約は通算5年で無期転換(労働契約法18条)、紹介手数料は職業安定法32条の3の範囲で返戻金は契約条件次第、医師・看護師等の病院等への労働者派遣は原則禁止(労働者派遣法4条・施行令2条)、退職後の競業避止は守るべき利益・期間・地域・範囲・代償措置の合理性がなければ無効、というのが基本的な枠組みであり、引抜き対策の実効性は誓約書の文言より、営業秘密(不正競争防止法2条6項)としての患者情報の管理体制と、職員が辞めたくならない労務管理にかかっています。
採用時の労働条件明示と2024年4月改正 ― 更新上限・無期転換の明示
採用時には、賃金・労働時間その他の労働条件を書面等で明示する義務があります(労働基準法15条1項)。2024年4月1日からは、労働基準法施行規則等の改正により明示事項が追加され、すべての労働者について雇入れ時と有期契約の更新時に「就業場所・業務の変更の範囲」を、有期契約職員については「更新上限の有無と内容」を、無期転換申込権が発生する更新時には「無期転換申込機会」と「無期転換後の労働条件」を明示することになりました。更新上限を後から新設・短縮する場合は、理由を事前に説明することも求められています。
医療・介護の採用では、分院・系列施設への異動や、病棟から外来・訪問部門への配置転換が頻繁に起こるため、「変更の範囲」の記載が狭すぎると将来の異動命令の根拠を失い、広すぎると採用時の説明との食い違いからトラブルになります。法人全体の拠点と職種を見渡して、想定される異動の範囲を現実に沿って記載することが必要です。
医師・看護師の有期雇用と無期転換ルール(5年)・特例
同一の使用者との有期労働契約が通算5年を超えて更新された場合、職員の申込みにより期間の定めのない契約に転換します(労働契約法18条1項)。1年契約の非常勤医師や契約職員を漫然と更新してきた医療機関では、申込権が発生していることに気づかないまま更新を続けている例が多く見られます。無期転換後の労働条件は、別段の定めがない限り直前の有期契約と同一(契約期間を除く)であり、無期転換を機に正職員の就業規則が自動的に適用されるわけではありません。無期転換した職員にどの就業規則を適用するかを事前に定めておく必要があります。
契約期間満了による雇止めも自由ではありません。反復更新により無期契約と同視できる場合や、更新への合理的な期待がある場合には、雇止めに客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(労働契約法19条)。無期転換の直前に雇止めする「5年ルール回避」は、合理的期待が認められれば無効と判断されます。
高度専門職の特例と医師
専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法は、年収1,075万円以上の高度専門職が5年を超える一定の期間内に完了する「特定有期業務」に就く場合、都道府県労働局長の認定を受けた計画に基づき、その業務の開始から完了までの期間(上限10年)は無期転換申込権が発生しないとしています(同法2条・8条1項)。厚生労働大臣が定める基準では医師も高度専門職に含まれますが、特例が使えるのはプロジェクト型の有期業務に限られ、通常の診療業務に就く非常勤医師に当てはめることはできません。定年後に引き続き雇用される職員については、計画の認定を受けることで定年後の期間が通算契約期間に算入されない第二種の特例があり(8条2項)、定年後再雇用の医師・看護師に活用できます。
無期転換は申込みで自動的に成立し、使用者は断れません。有期職員の契約開始日と更新回数を台帳で管理し、無期転換後の就業規則の適用関係を決めておくことが、気づかぬうちに無期の職員が増える事態を防ぎます。
職員紹介会社の手数料・返戻金・お祝い金の規制
有料職業紹介事業者が受け取れる手数料は、職業安定法32条の3により、厚生労働省令で定める上限制手数料か、あらかじめ厚生労働大臣に届け出た手数料表に基づく届出制手数料に限られ、求職者(職員本人)からの徴収は原則禁止です。医療・介護分野で一般的な「理論年収の○%」という成功報酬は届出制手数料であり、法律が率の上限を一律に定めているわけではないため、金額の妥当性と早期離職時の扱いは、紹介会社との契約条件で決まります。
厚生労働省は、医療・介護・保育分野について「適正な有料職業紹介事業者認定制度」を設け、職種別の手数料の公表、早期離職時の返戻金制度の設定、求職者への「お祝い金」の不支給、自らが紹介した就職者への転職勧奨をしないことなどを認定基準としています。職業安定法に基づく指針でも、就職お祝い金など転職の勧奨につながる金銭等の提供は禁止されています。
| 確認項目 | 見るべき点 | 対応 |
|---|---|---|
| 手数料の算定基礎 | 「理論年収」に賞与・手当・残業代見込みが含まれているか | 算定基礎を契約書で特定し、見積書と照合する |
| 返戻金規定 | 入職後何か月以内の離職で何%返還されるか、自己都合退職に限るか、試用期間中の解雇は対象か | 規定がない事業者とは契約前に交渉する。6か月以内の段階的返戻が実務上の目安 |
| 支払時期 | 入職日基準か、試用期間経過後か | 早期離職リスクを考慮して支払時期を遅らせる交渉 |
| 転職勧奨の禁止 | 紹介後に同じ職員へ再度転職を勧める行為を禁じる条項があるか | 違反時の手数料返還・損害賠償条項を入れる |
| 認定の有無 | 厚生労働省の適正認定事業者か、人材サービス総合サイトで離職率等が公開されているか | 複数事業者を比較して選定する |
医療関連業務の派遣禁止と例外
人手不足を派遣で補おうとする場合、医療関連業務には労働者派遣法上の制限があります。同法4条1項3号と労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行令2条により、病院・診療所・助産所・介護老人保健施設・介護医療院・患者の居宅などで行われる医師の医業、看護師等の看護業務、薬剤師の調剤、診療放射線技師・臨床検査技師等の業務については、原則として労働者派遣を行うことも受け入れることもできません。
例外として、①紹介予定派遣、②産前産後休業・育児休業・介護休業を取得する職員の代替としての派遣、③へき地の医療機関への派遣、④地域医療の確保のため厚生労働省令で定める場所への医師の派遣などが認められています。重要なのは、禁止の対象が「病院等で行われる業務」に限られている点です。特別養護老人ホームや有料老人ホームなど施行令に列挙されていない施設での看護業務は禁止対象ではなく、介護職員の派遣には医療関連業務の制限はかかりません。病院に派遣看護師を入れたいという相談では、まず紹介予定派遣か育休代替の枠に乗るかを検討し、乗らなければ職業紹介に切り替えるのが実務の判断手順です。
開業する勤務医による職員・患者の引抜きへの対応
勤務医が近隣で開業する際に、看護師・事務職員に声をかけ、患者にも新しいクリニックを案内する――これは医療機関の承継・独立の場面で最も多い紛争類型です。法的な評価は、「転職の勧誘」と「違法な引抜き」の線引きにかかります。職員には職業選択の自由があり、退職の意思を持つ職員に転職先を紹介すること自体は違法ではありません。他方、在職中の医師が、自らの地位を利用して部門の職員を一斉に勧誘する、虚偽の情報で現在の職場への不信をあおる、業務を混乱させることを意図して退職時期を合わせさせるなど、社会的相当性を逸脱した態様で行われた場合には、雇用契約上の誠実義務違反(民法415条)や不法行為(民法709条)として損害賠償の対象になります。
患者の引抜きについては、患者がどの医療機関を受診するかは患者自身の選択であり、医師が退職の挨拶や転院先の情報を伝えること自体を止めることはできません。問題になるのは、院内のカルテ・予約システムから患者名簿を持ち出して開業後に案内状を送る行為です。患者情報は個人情報保護法上の要配慮個人情報であるとともに、秘密として管理されていれば不正競争防止法2条6項の営業秘密に当たり、持ち出し・使用に対しては差止請求や損害賠償請求が可能になります。実効性のある対策は、退職後の誓約書以上に、在職中のアクセス権限の管理、ログの保存、持出し禁止の明文化という「営業秘密として管理されている」状態を作ることにあります。営業秘密の3要件と管理体制の作り方は、当事務所が運営する守りの経営オンラインの記事「退職者の顧客名簿持ち出しを防ぐ営業秘密の管理体制」で整理しています。
引抜きそのものを禁じる契約は実効性に限界があります。守れるのは「患者情報を営業秘密として管理し、持ち出させない」ことと、「残る職員が辞めたくならない処遇と組織」です。独立の兆候が見えた段階で、アクセスログの確認と退職面談の設計を始めてください。
競業避止義務・秘密保持義務の有効性と誓約書の作り方
在職中の職員は、雇用契約に基づく誠実義務の一内容として競業避止義務を負いますが、退職後の競業避止義務は、就業規則や誓約書で明確に合意されていなければ発生しません。合意があっても、職業選択の自由(憲法22条1項)を制約するものであるため、裁判例は、①使用者に守るべき正当な利益(患者情報・独自のノウハウなど)があるか、②職員の地位(医長・看護部長など利益に接する立場か、一般職員か)、③地域的な限定、④期間(短いほど有効になりやすい)、⑤禁止される行為の範囲(同業種への就職全般を禁じるのか、担当患者への営業に限るのか)、⑥代償措置の有無を総合して有効性を判断しています。看護師・介護職員に「退職後2年間、同一市区町村内の医療・介護事業者に就職しない」と誓約させるような条項は、守るべき利益と地位に見合わず、無効と判断される可能性が高いといえます。
| 項目 | 有効になりやすい設計 | 無効になりやすい設計 |
|---|---|---|
| 対象者 | 患者情報・経営情報に接する管理職・医師に限定 | 全職員に一律 |
| 禁止行為 | 在職中に担当した患者への勧誘、職員の引抜き、患者情報の使用に限定 | 同業種への就職・開業全般の禁止 |
| 期間・地域 | 6か月〜1年程度、診療圏に相当する範囲 | 2年超、地域の限定なし |
| 代償措置 | 退職金の加算や在職中の手当で代償している | 代償なし |
| 秘密保持 | 対象情報を特定し、退職時に返還・消去を確認 | 「業務上知り得た一切の情報」とのみ記載 |
誓約書は、入職時に秘密保持と退職後の行為制限を定め、退職時に対象情報の返還・消去の確認と制限内容の再確認をする二段構えが実務的です。退職金の不支給・減額を競業と結びつける条項は、就業規則に根拠があり、背信性の高い競業行為に限って適用される場合に有効と判断される傾向にあり、軽微な事案に適用すれば無効となります。競業避止条項で職員を縛ることよりも、情報管理の体制と退職時の確認手続で「持ち出させない」仕組みを作ることが、医療・介護の現場では費用対効果の高い対策です。クリニックの承継・開業の際に売主の競業避止をどう設計するかは、事務所本体サイトのコラム「クリニックの開業・承継で確認すべき法的チェックポイント」でも触れています。
よくある質問(FAQ)
紹介会社経由で採用した看護師が3か月で退職しました。手数料は返してもらえますか?
1年契約の非常勤医師を5年以上更新しています。無期転換の対象になりますか?
病院に看護師を派遣で入れることはできますか?
開業する勤務医が看護師に声をかけています。やめさせることはできますか?
退職する職員に競業避止の誓約書を書かせていますが、有効ですか?
退職した医師が患者名簿を持ち出して開業案内を送っています。どう対応できますか?
まとめ
- 2024年4月から、採用時・更新時に就業場所・業務の変更の範囲、有期契約の更新上限、無期転換申込機会・転換後の労働条件を明示する必要があり、医療・介護の異動実態に合った記載が求められます。
- 有期契約は通算5年で職員の申込みにより無期転換し(労働契約法18条)、雇止めには合理的理由が必要です(19条)。高度専門職の特例は年収1,075万円以上のプロジェクト型業務に限られ、通常診療の非常勤医師には使えません。
- 紹介手数料は職業安定法32条の3の枠内で契約条件次第であり、返戻金規定・支払時期・転職勧奨禁止を契約で確認します。病院等での看護業務等への派遣は原則禁止で、例外は紹介予定派遣・育休代替・へき地などに限られます。
- 引抜き・競業避止では、社会的相当性を逸脱した勧誘と患者情報の持ち出しが損害賠償・差止めの対象になり、実効性は誓約書の文言より営業秘密としての情報管理体制と、範囲を絞った合理的な条項設計にあります。
採用・引抜き・競業避止の問題は、紛争が起きてから対応すると選択肢が限られます。当事務所の顧問弁護士サービスでは、医師免許を持つ弁護士を含む企業法務の弁護士チームが、雇用契約書・誓約書・就業規則の整備、紹介会社との契約条件の交渉、有期職員の台帳管理の設計、独立する医師との交渉までをチャット・オンラインで全国の医療機関・介護事業者に提供しています。採用や退職をめぐる不安を抱えている院長・理事長・事務長の方は、お問い合わせ(無料相談)からご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
