手術後に患者が予期せず亡くなった。遺族から「説明と違う」「カルテを全部出してほしい」と求められている。医療事故が疑われる場面では、医療事故調査制度の報告対象の判断、院内調査、遺族への説明、カルテ開示、損害賠償請求への対応が数日のうちに同時に押し寄せます。この記事では、医療法6条の10・6条の11の医療事故調査制度と医療事故調査・支援センターの役割、院内調査の手順、遺族対応とカルテ開示、損害賠償請求を受けたときの責任の構造・時効・医師賠償責任保険までを、条文と厚生労働省の公的資料に基づいて整理します。
医療機関が提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったものは「医療事故」として、遺族に説明したうえで遅滞なく医療事故調査・支援センターに報告し、院内調査を行って結果を遺族に説明しセンターに報告する義務があります(医療法6条の10・6条の11、2015年10月1日施行)。損害賠償請求への対応は、この調査とは目的を分けて、診療録の保全・事実の時系列整理・保険会社への連絡・弁護士への相談を初動で並行させることが要点です。
医療事故が疑われたときの初動 ― 最初の24時間で行うことと禁止事項
最初の24時間の対応が、その後の調査の質と紛争の帰趨を左右します。
行うべきこと
- 患者の救命・安全の確保を最優先し、必要な処置と他院への搬送判断を行う。
- 記録の保全:診療録、看護記録、検査データ、画像、使用した医薬品・医療機器をそのままの状態で保全し、電子カルテの修正履歴とアクセスログが残る仕組みを確認する。
- 院内報告:医療安全管理者と管理者に速やかに報告し、関係者から事実経過を聴き取って時系列に整理する。
- 家族への説明:判明している事実と未確定の事項を区別して誠実に説明し、日時・出席者・内容を記録する。
- 報告の要否の検討:医療事故調査制度の報告対象に当たるかを管理者が判断し、迷う場合は医療事故調査等支援団体や弁護士に相談する。医師法21条の届出(検案して異状を認めたときは24時間以内に所轄警察署へ)の要否も確認する。
やってはいけないこと
- 診療録の後からの書き換え、削除、日付をさかのぼった追記。追記が必要な場合は、追記であることと日時・理由を明記する。
- 事実関係が未確認の段階での「当方のミスです」という断定、または逆に責任の全面否定。
- 関係者への口裏合わせの要請、当事者の医療従事者を一人で遺族対応に当たらせること。
初動は「救命・保全・報告・説明・報告要否の判断」の5点です。診療録の改ざんは、過失の有無以前に医療機関の主張全体の信用を失わせます。
医療事故調査制度の報告対象 ― 医療法6条の10と「予期しなかった」の3要件
医療事故調査制度は2014年の医療法改正で創設され、2015年10月1日に施行されました。目的は医療の安全の確保と再発防止であり、個人の責任追及ではありません。医療法6条の10第1項は、病院・診療所・助産所の管理者に対し、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたもの」が発生した場合、遅滞なく医療事故調査・支援センターに報告することを義務づけています。
「予期しなかった」かどうかは、医療法施行規則1条の10の2第1項で具体化されており、管理者が次の3つのいずれにも該当しないと認めた場合に報告対象となります。
| 号 | 該当すれば「予期していた」とされる事情 | 実務上の確認方法 |
|---|---|---|
| 1号 | 医療の提供前に、医療従事者等が患者または家族に対し、当該死亡・死産が予期されることを説明していたと管理者が認めたもの | 説明の記録(同意書、説明文書、診療録の記載) |
| 2号 | 医療の提供前に、医療従事者等が当該死亡・死産が予期されることを診療録その他の文書等に記録していたと管理者が認めたもの | 診療録・看護記録の記載 |
| 3号 | 医療従事者等からの事情の聴取および医療安全管理委員会からの意見の聴取(委員会を開催している場合)を行ったうえで、医療の提供前に当該死亡・死産を予期していたと管理者が認めたもの | 聴取と委員会の議事の記録 |
判断のポイントは4つです。対象は死亡または死産に限られ、後遺障害は含まれないこと。過誤の有無は問わないこと。「予期」は「手術には死亡のリスクがある」という定型文ではなく、当該患者の臨床経過を踏まえた具体的な予期であること。判断主体は管理者であり、遺族が直接センターに報告する仕組みではないこと。該当・非該当のいずれでも判断の過程と根拠を記録に残してください。根拠のない非該当判断は、後に紛争になったとき「隠蔽」と受け取られます。
院内調査の進め方 ― 医療法6条の11と施行規則の調査手法・支援団体
報告対象と判断した場合、管理者は速やかにその原因を明らかにするために必要な調査(医療事故調査)を行わなければなりません(医療法6条の11第1項)。調査に当たっては、医学医術に関する学術団体その他の厚生労働大臣が定める団体(医療事故調査等支援団体)に必要な支援を求めるものとされ(同条2項)、支援団体は支援を行うものとされています(3項)。厚生労働省のQ&Aは、公平性・中立性の観点から外部の委員を参画させるよう求めており、診療所など小規模な医療機関も対象です。
調査の手法は医療法施行規則1条の10の4第1項に列挙されており、必要な範囲で選択して情報の収集・整理を行います。
- 診療録その他の診療に関する記録の確認
- 当該医療を提供した医療従事者からの事情の聴取(ヒアリング結果は内部資料として扱い、法的強制力がある場合を除き開示しないことを対象者に伝える)
- それ以外の関係者(遺族を含む)からの事情の聴取
- 解剖、死亡時画像診断(Ai)
- 使用された医薬品、医療機器、設備等の確認
- 血液・尿等の検査
調査が終了したら、遅滞なく結果をセンターに報告します(6条の11第4項)。報告書には、事故の日時・場所・診療科、医療機関の名称等、患者の性別・年齢等、調査の項目・手法・結果を記載し、当該医療従事者等が識別できないように加工して提出します(施行規則1条の10の4第2項)。報告の前に遺族に説明する必要があり(6条の11第5項)、遺族から報告書の内容について意見があればその内容を報告書に記載します。報告後に「医療に起因しない」または「予期していた」ことが判明した場合は、調査前なら遺族に説明しセンターに連絡すれば足り、調査開始後ならその内容を含めた結果を遺族に説明してから報告します。
院内調査は「構造的な原因」を明らかにするためのものです。個人の責任を特定する調査にしてしまうと、関係者が事実を語らなくなり、再発防止にも紛争対応にも役立たない報告書になります。
医療事故調査・支援センターへの報告とセンター調査 ― 6条の15〜6条の17
医療事故調査・支援センターは厚生労働大臣が指定する一般社団法人または一般財団法人で(医療法6条の15第1項)、報告の整理・分析と結果の報告、センター調査、研修、調査に関する相談・支援、再発防止の普及啓発を業務とします(6条の16)。
最初の報告(6条の10第1項)には、医療機関の名称等、患者の性別・年齢等、医療事故調査の実施計画の概要を記載します(施行規則1条の10の2第3項)。時期は「遅滞なく」で日数の定めはありませんが、実施計画の概要を書く以上、報告前に管理者の判断と計画の大枠を固める必要があります。
センターは、管理者または遺族から調査の依頼があったときは必要な調査を行うことができ(6条の17第1項)、管理者に説明や資料提出等の協力を求めることができます。管理者はこれを拒んではならず(2項・3項)、拒んだときはその旨を公表されます(4項)。調査結果は管理者と遺族の双方に報告されます(5項)。院内調査の報告書は「センター調査でも耐えられる内容か」という視点で作成する必要があります。費用は、厚生労働省のQ&Aによれば、院内調査の費用(支援団体への専門家派遣や解剖の依頼を含む)は医療機関の負担、遺族がセンター調査を依頼する際の負担は一律で数万円程度とされています。
遺族への説明とカルテ開示請求への対応
管理者は、センターへの最初の報告の前に、遺族に対し、医療事故の日時・場所・状況、調査の実施計画の概要、制度の概要、解剖や死亡時画像診断を行う必要がある場合はその同意に関する事項を説明しなければなりません(医療法6条の10第2項、施行規則1条の10の3第2項)。「遺族」の範囲は、死産の場合の胎児の父母と祖父母が施行規則で定められているほか、厚生労働省のQ&Aでは「診療情報の提供等に関する指針」の「患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者」を参考にするとされ、説明は遺族側で定めた代表者に対して行います。
説明では、判明している客観的事実と調査中の未確定事項を区別して伝え、日時・出席者・内容・質疑をその都度記録します。予期しない結果への遺憾の意やお悔やみを伝えることと、法的責任(過失・因果関係)を認めることとは別であり、前者を避ける必要はありません。
カルテ開示請求
患者本人からの開示請求については、診療録は個人情報保護法上の保有個人データに当たるため、本人または第三者の権利利益を害するおそれがある場合などの例外事由(同法33条2項各号)がない限り、遅滞なく開示する義務があります。患者が死亡した場合、死者の情報は同法の直接の対象ではありませんが、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は、遺族に対する診療情報の提供について定めており、患者本人の生前の意思や遺族の範囲を確認したうえで、これに沿って誠実に対応します。診療録の保存義務は5年です(医師法24条2項)。開示に合理的な理由なく応じない対応は、民事訴訟法234条の証拠保全(電子カルテの修正履歴・アクセスログを含む検証)や訴訟への移行を早めます。
損害賠償請求への対応 ― 責任の構造・消滅時効・医師賠償責任保険
院内調査(再発防止のための調査)と損害賠償請求への対応(法的責任をめぐる紛争対応)は目的が異なります。混同すると、調査が責任追及の場になって関係者が萎縮するか、報告書が紛争で不利に使われることを恐れて調査が形骸化します。管理者はこの2つを意識的に分けて進める必要があります。
責任の構造
| 責任の種類 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 債務不履行責任 | 民法415条 | 診療契約上の債務を本旨に従って履行しなかった場合の損害賠償。開設者(医療法人等)が負う |
| 不法行為責任 | 民法709条・710条 | 故意・過失による権利侵害の損害賠償。慰謝料を含む。担当医個人が負い得る |
| 使用者責任 | 民法715条 | 被用者(勤務医・看護師)が事業の執行について与えた損害を使用者(開設者)が賠償 |
いずれも、診療当時の医療水準に照らした注意義務違反(過失)と因果関係の有無が争点です。悪い結果が生じたことから直ちに過失が認められるわけではなく、診療録に当時の判断過程が残っているかどうかが医療機関を守る最大の要素です。
消滅時効
人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から5年(民法724条の2)、不法行為の時から20年(724条2号)で時効消滅します。債務不履行に基づく請求権も、知った時から5年、権利を行使できる時から20年です(166条1項・167条)。請求は事故から相当期間が経過しても行われ得るため、診療録等は法定の保存期間を超えて保管する運用が望まれます。
医師賠償責任保険と弁護士の関与
損害賠償請求を受ける可能性が生じた時点で、医師賠償責任保険・病院賠償責任保険の保険会社に事故を通知します。通知が遅れると保険金の支払に影響することがあるため、請求書が届く前の、事故が疑われた段階で連絡します。遺族との交渉、示談書の作成、訴訟対応は医療の実態を理解した弁護士が担当することで、職員が直接矢面に立つことを避けられます。
平時の備え ― 医療法6条の12の安全管理体制と顧問弁護士の使い方
医療法6条の12は、病院等の管理者に対し、医療の安全を確保するための指針の策定、従業者への研修その他の措置を義務づけています。次の項目を平時に点検してください。
- 有害事象発生時の対応フロー(最初の24時間の役割分担、院内報告ルート、家族対応の担当者)の文書化
- 医療事故調査制度の報告対象該当性を判断する院内手順と、相談先(支援団体、センター、顧問弁護士)の明確化
- 診療録の記載ルールの統一、電子カルテの修正履歴・アクセスログの管理、法定保存期間を超えた保管の方針
- 説明の担当者・記録方法の標準化とカルテ開示手続(遺族からの請求を含む)の整備
- 賠償責任保険の付保内容(支払限度額・免責事由・通知期限)の確認、インシデントレポートの運用と院内研修
当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍しており、医療事故が疑われた段階での報告対象該当性の判断、院内調査の進め方への助言、遺族への説明文書と示談書の作成、損害賠償請求への対応までを、チャット・オンラインで全国の医療機関に対応しています。
よくある質問(FAQ)
手術の同意書に「死亡の可能性」と書いてあれば、報告対象になりませんか。
過失がなかったと考えられる死亡でも、センターに報告しなければなりませんか。
院内調査の報告書は、遺族から訴訟で使われませんか。
遺族から「カルテを全部コピーして渡してほしい」と言われました。応じる必要がありますか。
医療事故から何年たつまで損害賠償請求を受ける可能性がありますか。
まとめ
- 初動は救命・記録の保全・院内報告・家族への説明・報告要否の判断。診療録の改ざんと未確認段階での責任の断定は厳禁。
- 報告対象は「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったもの」(医療法6条の10)。予期の有無は施行規則1条の10の2の3要件で判断し、過誤の有無は問わない。
- 院内調査は支援団体の支援と外部委員を得て構造的な原因を調べ、遺族に説明してから匿名化した報告書をセンターに提出する。センターは管理者または遺族の依頼で調査できる。
- 損害賠償請求への対応は調査と目的を分け、保険会社への早期通知、記録の長期保管(時効は知った時から5年・事故から20年)、弁護士の関与で進める。
当事務所の顧問弁護士サービスでは、平時の安全管理体制と対応フローの整備から、医療事故が疑われた際の報告対象の判断、遺族対応、損害賠償請求への対応までを継続的に支援しています。「この事案は報告対象なのか」と迷う段階でも、お問い合わせ(無料相談)からお気軽にご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
