「窓口負担を払わずに帰った患者に電話しても出ない」「救急で運ばれた患者の未収金が数十万円になった」「古い未収金は時効で消えているのか分からない」。診療費の未収金は、1件ごとは少額でも積み上がると経営を圧迫します。この記事では、未収金の発生防止、督促の手順、健康保険法に基づく保険者徴収、消滅時効(5年)の管理、支払督促・少額訴訟の使い分け、生活保護・外国人患者・救急の未収金、未払い患者の次回診療を断れるかまでを、条文と公的資料に基づいて整理します。
診療費の債権は、2020年4月1日施行の改正民法により、権利を行使できることを知った時から5年で時効消滅します(民法166条1項1号)。回収は「発生防止→文書での督促→保険者徴収の請求(健康保険法74条2項・国民健康保険法42条2項)→支払督促・少額訴訟」の順で進め、催告による6か月の完成猶予(150条)や一部弁済による更新(152条)で時効を管理することが要点です。
未収金を発生させない受付・会計の仕組み ― 連絡先確認・預り金・支払方法
未収金対策の中心は発生防止です。回収段階でできることは限られ、費用と手間に見合わないことが多いためです。次の仕組みを受付・会計のルールに組み込んでください。
- 本人確認と連絡先の確認:初診時に本人確認書類と保険証(またはマイナ保険証の資格確認)で氏名・住所を確認し、携帯電話番号と緊急連絡先を記載してもらいます。住所が不正確だと、後述の支払督促や訴状の送達ができません。
- 入院時の預り金・連帯保証人:入院時に預り金を受領し、入院誓約書で連帯保証人を定めます。保証人には極度額の定めが必要であり(民法465条の2)、極度額の記載がない個人の根保証契約は無効になるため、誓約書の書式を確認してください。
- 支払方法の多様化:クレジットカード、電子マネー、後日振込、分割払いの受付を整えると、「手持ちがない」を理由とする未収が減ります。
- その場で支払えない場合の手順:「本日中に振り込む」などの口約束で帰さず、金額・支払期限・連絡先を記載した支払約束書に署名をもらいます。後述のとおり、この書面は時効管理と訴訟の証拠の両方で役立ちます。
- 自由診療の事前説明:自由診療は費用の総額と支払時期を事前に書面で示し、同意を得ます。高額な自由診療では前払いや分割払いの契約条件を明確にします。
正確な住所・連絡先と、支払約束書の署名があるかどうかで、その後の回収の難易度は大きく変わります。未収が発生した瞬間に書面を取る運用を徹底してください。
督促の手順 ― 電話・文書・内容証明と記録の残し方
未収金が発生したら、放置せずに段階的に督促します。督促の記録は、保険者徴収の請求や時効の主張の場面で必要になるため、日時・方法・相手の応答を台帳に残します。
| 段階 | 時期の目安 | 方法 | 記録する内容 |
|---|---|---|---|
| 第1段階 | 発生から1〜2週間 | 電話連絡、SMSや文書での支払のお願い | 発信日時、相手の応答、約束した支払期日 |
| 第2段階 | 1か月前後 | 督促状(普通郵便)。金額の内訳、振込先、支払期限を明記 | 発送日、封筒の返戻の有無 |
| 第3段階 | 2〜3か月 | 内容証明郵便による催告。期限までに支払がなければ法的手続に移行する旨を記載 | 内容証明の控えと配達証明 |
| 第4段階 | 3〜6か月 | 保険者徴収の請求、または支払督促・少額訴訟の申立て | 申立書類一式 |
督促状には、診療日と一部負担金の額を特定して請求の根拠を書きます。威圧的な表現、深夜早朝の電話、勤務先への連絡は避けてください。「支払う意思はあるが今は難しい」という応答があれば分割払いの合意書を作成し、一部でも支払を受けます。一部弁済は後述の時効の更新事由(権利の承認)になり、内容証明郵便による催告はそれ自体で時効の完成を6か月間猶予します(民法150条1項)。
保険者徴収 ― 健康保険法74条2項・国民健康保険法42条2項の要件
保険診療の一部負担金については、医療機関が回収努力を尽くしても支払われない場合、保険者に徴収を求める制度があります。健康保険法74条2項は、保険医療機関が「善良な管理者と同一の注意をもってその支払を受けることに努めたにもかかわらず」、なお一部負担金の全部または一部が支払われないときは、保険者は保険医療機関の請求に基づき、同法の徴収金の例により処分することができると定めています。国民健康保険法42条2項も同じ構造で、市町村および組合が徴収することができるとしています。
「善良な管理者と同一の注意をもって支払を受けることに努めた」といえるためには、前章のような段階的な督促を実際に行い、その記録を示せることが前提です。電話1回で諦めた未収金は対象になりません。また、保険者による徴収は「することができる」という規定であり、保険者の判断で行われるものです。請求の際は、患者の氏名・保険者番号・被保険者記号番号、診療年月日、未収金額、督促の経過(日時・方法・結果)を整理した書面を保険者に提出します。保険者ごとに書式や運用が異なるため、事前に保険者の担当窓口に確認してください。
保険者徴収の対象は一部負担金であり、自由診療の費用などの自費分は対象になりません。保険者が徴収に応じない場合でも医療機関の債権自体は消えず、次章以降の民事上の回収手段を使えます。
診療費の消滅時効は5年 ― 民法166条と完成猶予・更新の手当て
診療費の債権は、2020年4月1日に施行された改正民法により、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年、または権利を行使することができる時から10年で時効によって消滅します(民法166条1項)。改正前の民法では医師の診療に関する債権は3年の短期消滅時効の対象でしたが、改正で職業別の短期消滅時効は廃止されました。診療費は診療の時点で請求できることを医療機関が知っているため、実務上は診療日の翌日から5年と考えて管理します。
時効期間が迫っている未収金については、次の手当てで時効の完成を止めたり、期間を振り出しに戻したりできます。
| 手段 | 条文 | 効果 | 実務上の注意 |
|---|---|---|---|
| 催告(内容証明郵便等) | 民法150条 | 催告の時から6か月、時効は完成しない(完成猶予) | 猶予中の再度の催告には効力がない。6か月以内に次の手を打つ |
| 権利の承認(一部弁済、支払約束書、分割合意書) | 民法152条 | 承認の時から時効が新たに進行する(更新) | 1円でも支払を受ける、または債務を認める書面に署名をもらう |
| 協議を行う旨の書面合意 | 民法151条 | 合意から最長1年、時効は完成しない | 電磁的記録(メール等)でも可。催告による猶予中の合意は効力がない |
| 裁判上の請求・支払督促 | 民法147条 | 手続中は完成せず、確定判決等で権利が確定すれば更新 | 確定判決等で確定した権利の時効期間は10年になる(169条) |
最も費用がかからず確実なのは、権利の承認です。分割払いの相談があったときに合意書を作り、少額でも入金を受けておけば、その時点から5年の時効が改めて進行します。逆に、時効が完成した後に患者が時効を援用すれば、債権は消滅し、督促を続けること自体が問題になります。未収金台帳には必ず「最終診療日」「最終入金日」「催告日」を記載し、時効完成日を管理してください。
支払督促・少額訴訟・通常訴訟の使い分け
督促しても支払われず、保険者徴収の対象にもならない未収金は、裁判所の手続で回収します。診療費の未収金は1件あたりの金額が小さいことが多いため、費用と手間の少ない手続を選びます。
支払督促(民事訴訟法382条〜)
金銭の支払を求める請求について、債権者の申立てにより簡易裁判所の裁判所書記官が発する手続です。債務者を審尋せずに発付され(386条1項)、債務者が送達を受けた日から2週間以内に督促異議を申し立てなければ、債権者の申立てにより仮執行宣言が付され(391条1項)、強制執行に進めます。申立先は債務者の住所地を管轄する簡易裁判所の書記官で、出頭は不要です。督促異議が出ると通常訴訟に移行します(395条)。相手が争わない見込みの事案に向いています。
少額訴訟(民事訴訟法368条〜)
訴訟の目的の価額が60万円以下の金銭の支払請求について、簡易裁判所で原則1回の期日で審理・判決する手続です(368条1項)。同一の簡易裁判所で同一の年に利用できる回数には制限があり、最高裁判所規則で年10回とされています。判決に対する控訴はできず、異議申立てのみが可能です。裁判所は分割払いや支払猶予を命じることがあります。相手が「払わない理由」を主張してくる見込みがあり、1回の期日で証拠を出し切れる事案に向いています。
通常訴訟
金額が大きい入院費や争点が複雑な事案は通常訴訟になります。訴額140万円以下は簡易裁判所、それを超えると地方裁判所の管轄です(裁判所法33条1項1号)。相手が診療内容そのものを争う場合は医療訴訟の様相を帯びるため、早い段階で弁護士に相談してください。いずれの手続でも相手の住所が分からなければ送達ができず止まります。初診時の住所確認が重要な理由はここにあります。
生活保護・外国人患者・救急搬送・死亡患者の未収金
生活保護受給者
生活保護の医療扶助は現物給付が原則で、指定医療機関に委託して行われます(生活保護法15条・34条)。受給者本人に請求するのではなく、福祉事務所の発行する医療券(または資格確認)に基づいて医療扶助として請求します。急迫した事情がある場合は指定を受けていない医療機関でも医療の給付を受けられるため(34条7項)、受診後に生活保護の受給が判明した場合や、受診時に申請中であった場合は、速やかに福祉事務所に連絡して医療扶助の適用を確認します。支払能力がない患者については、受給の可能性を案内することも未収金対策になります。
外国人患者
訪日外国人は公的保険に加入していないため全額自費となり、帰国後の回収は事実上困難です。パスポートで本人確認を行い、旅行保険の加入と連絡先を確認し、可能な限り診療前または直後にクレジットカード等で支払を受けます。在留外国人で国民健康保険に加入している場合は日本人と同じ扱いです。
救急搬送・意識のない患者
救急では本人確認も支払の説明も事後になります。同行者から連絡先を確認し、家族が判明次第、入院誓約書と連帯保証の手続を行います。身元不明のまま退院・死亡した場合に備え、院内で損失処理の基準を決めておきます。
死亡した患者
患者が死亡した場合、診療費の債務は相続人に承継されます(民法896条)。戸籍で相続人を確認して請求しますが、相続放棄をした相続人には請求できません。死亡直後の請求は時期と文面に配慮が必要です。
未払いを理由に次回の診療を断れるか ― 応招義務との関係
「前回の未払いがある患者が、また受診に来た」という場面で、診療を断ってよいかは応招義務(医師法19条1項)との関係で問題になります。厚生労働省医政局長通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)は、医療費不払いについて次のように整理しています。
- 以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない。
- しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意をもってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化される。
- 保険未加入等で支払能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される。
- 特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある。
つまり、単発の未払いを理由に門前払いすることはできませんが、督促に応じず理由もなく未払いを重ねている患者については悪意の未払いと推定され、緊急対応が不要な場合には新たな診療を行わないことが正当化され得ます。この判断の根拠として督促の経過を台帳に残しておくことが重要です。緊急対応が必要な場合はこの限りではありません。
未収金の回収は、法的手続の選択だけでなく、応招義務や患者との関係、保険制度の運用が絡みます。当事務所には医師免許と弁護士資格を併せ持つ弁護士が在籍しており、未収金の発生防止の書式整備、督促文書と内容証明の作成、保険者徴収の請求、支払督促・少額訴訟の申立てまで、チャット・オンラインで全国の医療機関に対応しています。
よくある質問(FAQ)
診療費の未収金は何年で時効になりますか。
電話で「払う」と言われましたが、時効は止まりますか。
保険者徴収を請求すれば必ず回収できますか。
数千円の未収金でも裁判所の手続は使えますか。
未払いのある患者が再来院しました。診療を断ってよいですか。
患者が亡くなりました。未収金は誰に請求できますか。
まとめ
- 未収金対策の中心は発生防止。初診時の住所・連絡先確認、入院時の預り金と極度額つきの連帯保証、支払方法の多様化、支払約束書の署名を徹底する。
- 督促は電話→督促状→内容証明→法的手続の順で段階的に行い、日時・方法・応答を台帳に残す。
- 保険診療の一部負担金は、善管注意義務を尽くした督促の記録を整えたうえで、健康保険法74条2項・国民健康保険法42条2項の保険者徴収を請求できる。
- 時効は知った時から5年(民法166条1項1号)。催告で6か月の完成猶予、一部弁済や支払約束書で更新。最終診療日・最終入金日・催告日を台帳で管理する。
- 単発の未払いを理由に診療は断れないが、悪意の未払いが推定される場合は緊急時を除き正当化され得る。
未収金は、仕組みを整えれば発生を抑えられ、整えなければ毎月積み上がります。当事務所の顧問弁護士サービスでは、入院誓約書・支払約束書の書式整備、督促文書と内容証明の作成、支払督促や少額訴訟の申立てまでを継続的に支援しています。「この未収金はまだ回収できるのか」と迷う段階でも、お問い合わせ(無料相談)からお気軽にご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。
