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医療・介護の労務

看護師・介護職員のシフト勤務と残業代 ― 1か月単位の変形労働時間制の要件、夜勤の深夜割増・仮眠時間、始業前の情報収集の労働時間性

「看護師はシフト制だから残業代は発生しない」「夜勤手当を払っているので深夜割増は済んでいる」「始業前の情報収集は自主的な準備」――病院・介護施設の経営者や事務長からよく伺う言葉ですが、いずれも労働基準法の要件を満たしていなければ通用せず、退職した職員から3年分の未払残業代を請求される事態につながります。この記事では、1か月単位の変形労働時間制の要件、時間外労働の数え方と割増率、夜勤の深夜割増・休憩・仮眠時間の労働時間性、始業前の情報収集の扱い、夜勤手当・固定残業代の落とし穴、退職者からの請求への初動を、使用者側の実務に沿って整理します。

この記事の結論

看護師・介護職員のシフト勤務でも、1か月単位の変形労働時間制の要件(労働基準法32条の2)を満たしていなければ1日8時間・週40時間を超えた時間はすべて残業代の対象になり、要件を満たしていても、始業前の情報収集や呼出に備えた仮眠時間など使用者の指揮命令下にある時間は労働時間として割増賃金(時間外25%以上・深夜25%以上・月60時間超50%以上)の支払いが必要です。賃金の消滅時効は当分の間3年で、裁判では同額までの付加金が加わる可能性があります。

1か月単位の変形労働時間制の要件 ― 「シフト制だから適法」ではない

労働基準法32条は労働時間の上限を1週40時間・1日8時間と定めており、3交代や16時間の2交代夜勤をそのまま当てはめると夜勤のたびに時間外労働が発生します。そこで多くの医療機関・介護施設が採用しているのが1か月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2)で、1か月以内の一定期間を平均して週40時間を超えない範囲で、特定の日に8時間、特定の週に40時間を超えて労働させることができます。ただし「シフト制を採用している」だけで適用されるものではなく、次の要件をすべて満たす必要があります。

  • 労使協定または就業規則その他これに準ずるもので定めること。労使協定による場合は所轄労働基準監督署長への届出が必要です(32条の2第2項、労働基準法施行規則12条の2の2)。常時10人以上の事業場は就業規則の作成・届出義務があり(89条)、就業規則で定める場合も届出を伴います。
  • 変形期間(1か月以内)とその起算日を明らかにすること。(施行規則12条の2)
  • 変形期間を平均して週40時間を超えないこと。総労働時間は「40時間×変形期間の日数÷7」の総枠に収めます。
  • 各日・各週の労働時間をあらかじめ特定すること。就業規則に各勤務の始業・終業時刻を定め、シフト表は変形期間の開始前に確定・周知します。
変形期間の日数法定労働時間の総枠(週40時間)特例措置対象事業場の総枠(週44時間)
28日160.0時間176.0時間
29日165.7時間182.2時間
30日171.4時間188.5時間
31日177.1時間194.8時間

右欄は、常時10人未満の労働者を使用する保健衛生業(労働基準法別表第一第13号)に認められる週44時間の特例(施行規則25条の2)を使った場合の総枠で、職員が10人以上になった時点で特例は使えなくなります。

実務で最も多い不備はシフト表の「後出し変更」です。変形期間の途中で欠勤者の穴埋めのために勤務を差し替えると、その部分は変形制の効果を受けられず、8時間・40時間を超えた時間は時間外労働になります。就業規則に「シフトによる」としか書かれていない例、労使協定の有効期間が切れている例、労働者代表を使用者が指名している例も、制度の有効性を否定される原因になります。

ポイント

変形労働時間制は、協定・就業規則、起算日、総枠内での事前特定という形式面が崩れると制度全体が無効になります。無効になれば夜勤のたびに8時間超の時間外労働が発生していたことになり、全職員・過去3年分に波及します。

変形労働時間制のもとでの時間外労働の数え方と割増率

変形制が有効でも時間外労働はゼロになりません。数え方は三段階です。①1日については、所定労働時間が8時間を超える日はその所定時間を、それ以外の日は8時間を超えた時間。②1週については、所定が40時間を超える週はその所定時間を、それ以外の週は40時間を超えた時間(①で数えた時間は除く)。③変形期間全体については、総枠を超えた時間(①②で数えた時間は除く)。

割増率は労働基準法37条が定めます。時間外労働は25%以上、月60時間を超える時間外労働は50%以上(2023年4月1日から中小企業にも適用)、法定休日の労働は35%以上、深夜(午後10時〜午前5時)の労働は25%以上です。深夜と時間外が重なれば50%以上になります。時間単価の分子には基本給だけでなく資格手当・役職手当など多くの手当が含まれ、除外できるのは家族手当・通勤手当など法令で限定列挙されたものに限られます(37条5項)。

夜勤の深夜割増・休憩・仮眠時間の労働時間性

深夜割増は「夜勤手当」とは別

午後10時から午前5時までの労働に対する25%以上の割増賃金(37条4項)は、変形労働時間制のもとでも免除されません。定額の夜勤手当が深夜割増賃金の支払いとして認められるには、手当が深夜労働の対価であることが就業規則・契約書上明確で、法定の計算額を下回っていないことが必要です。下回っていれば差額、趣旨が不明確なら全額が未払いと判断されるおそれがあります。

休憩は「自由に利用できる」ことが要件

労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を労働時間の途中に与え(34条1項)、自由に利用させなければなりません(同条3項)。休憩中もナースコールや利用者の呼出に対応する前提であれば、それは休憩ではなく手待時間として労働時間に当たります。夜勤帯の休憩は、対応者を分けて交代で取らせる体制でなければ、休憩時間分の賃金未払いが積み重なります。

仮眠時間 ― 大星ビル管理事件の判断枠組み

16時間夜勤の途中に設定される2時間程度の仮眠時間も同じです。最高裁は、ビル管理会社の泊まり勤務中の連続7〜9時間の仮眠時間について、仮眠室での待機と警報・電話への即時対応が義務づけられている場合には労働からの解放が保障されているとはいえず、実作業に従事していない時間も労働基準法上の労働時間に当たると判断しました(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決)。急変時・コール時に起きて対応する前提の仮眠は労働時間であり、深夜割増の対象です。なお、介護施設の夜勤を宿直許可で労働時間から外すことはできません。宿直許可の対象は巡視や緊急連絡の対応などほとんど労働をする必要のない断続的な勤務に限られ、定時の排泄介助や体位交換が組まれている夜勤は通常の労働だからです。

始業前の情報収集・申し送り・記録業務は労働時間か

看護師の残業代請求で最も争われるのが始業前の情報収集です。始業の30分〜1時間前に出勤し、電子カルテで受け持ち患者の情報を確認してから申し送りに臨む運用は多くの病棟に根づいていますが、この時間を労働時間として扱っていない施設が少なくありません。労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、就業規則の定めによらず、労働者の行為が使用者から義務づけられ、または余儀なくされていたかで客観的に判断されます(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決、三菱重工業長崎造船所事件)。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)も、使用者の指示により業務に必要な準備行為を事業場内で行った時間、指示があれば即時に業務に従事することが求められている手待時間、参加が業務上義務づけられている研修の時間を労働時間として扱うよう求めています。

この基準に照らすと、①師長や先輩から事前の情報収集を求められている、②情報収集なしでは始業直後の申し送りや業務に支障が出る、③出勤時刻が事実上固定されている、といった事情があれば、黙示の指示による準備行為として労働時間と評価される可能性が高いといえます。「自主的な学習」と整理するには、情報収集をしなくても業務が回る仕組み(始業後に情報収集の時間を確保する、申し送りの時刻を遅らせる)を実際に作る必要があり、名目だけでは通用しません。終業後の看護記録・介護記録の作成、委員会活動、院内研修も同じ考え方で判断されます。

同ガイドラインは、始業・終業時刻をタイムカードやパソコンの使用時間など客観的な記録を基礎として把握することを原則とし、自己申告制の場合は申告時間と電子カルテのログ等との乖離を確認するよう求めています。ログインが始業の1時間前から残っているのに打刻は定時、という状態は、紛争になれば労働者側の主張を裏づける証拠になります。

ポイント

労働時間かどうかは「自主的か」という名目ではなく、やらざるを得ない状況があったかで客観的に決まります。始業前の情報収集を労働時間から外したいなら、情報収集なしでも業務が回る体制を現実に作ること、外せないなら始業時刻を前にずらして賃金を支払うことのどちらかです。

固定残業代・夜勤手当・オンコール手当の落とし穴

医療・介護の賃金体系には、「職務手当(時間外労働○時間分を含む)」といった固定残業代や、夜勤手当・宿直手当・オンコール手当など名目の異なる手当が重なりがちです。固定残業代が割増賃金の支払いとして認められるには、通常の賃金部分と割増賃金部分が判別できること、その手当が時間外労働の対価であること、固定時間を超えた分を実際に精算していることが必要で、要件を欠くと払ったはずの手当が未払いになるだけでなく、手当が基礎賃金に組み込まれて時間単価まで上がります。詳しい判断枠組みは、当事務所が運営する守りの経営オンラインの記事「固定残業代(みなし残業)が無効になる条件」で整理しています。

オンコール(自宅待機)は、自由に過ごせる限り待機時間自体は労働時間とされないことが多い一方、呼出に応じて出勤・電話対応した時間は労働時間です。就業規則に「呼出時の労働には別途賃金を支払う」と明記し、呼出対応の記録を残す運用が必要です。

退職者からの残業代請求への初動と時効3年・付加金

賃金請求権の消滅時効は、労働基準法115条で5年と定められていますが、附則143条3項により当分の間3年とされています(退職手当は5年)。退職者からの請求は、始業前の情報収集30分×勤務日数×3年、仮眠・休憩時間の深夜割増、変形制無効を前提とした夜勤の8時間超部分など、複数の論点を積み上げた金額になります。さらに裁判所は、労働者の請求により未払金と同一額までの付加金の支払いを命じることができます(114条、附則143条2項により請求期限は当分の間3年)。同じ賃金体系で働く在職者・他の退職者に請求が広がることが最大のリスクです。

初動で行うこと

  • 勤怠記録、入退室ログ、電子カルテ・介護記録システムのログ、シフト表、賃金台帳、就業規則・労使協定・雇用契約書を保全する。
  • 変形労働時間制の要件を満たしていたかを確認し、満たしていない期間は原則どおりの計算で未払額を試算する。
  • 始業前・終業後についてログと打刻の乖離を把握し、労働時間と評価される可能性の高い部分と争う余地のある部分を切り分け、明らかな不足分は早期に支払う。回答期限が短いことが多いため、受領後すぐに弁護士に相談する。

今日から整える実務チェックリスト

  • 就業規則または労使協定に対象者・変形期間・起算日・各勤務の始業終業時刻が定められ、届出がされているか。協定の有効期間と労働者代表の選出方法は適切か。
  • 各月のシフト表が変形期間の開始前に確定・周知され総枠内に収まっているか。途中変更の事由と手続が就業規則にあるか。
  • 夜勤手当・固定残業代の趣旨と法定額との関係が賃金規程で明確か。週44時間特例を使っている場合、職員数の増加で特例から外れていないか。
  • 始業・終業時刻を客観的な記録で把握し、電子カルテのログと定期的に突合しているか。始業前の情報収集・終業後の記録業務を労働時間として扱うか、業務上不要とする実態を作っているか。
  • 夜勤の休憩・仮眠時間に、対応者を分けて完全に労働から解放する体制があるか。三段階の数え方と割増率が給与計算システムに正しく設定され、記録を3年間保存しているか(労働基準法109条、附則143条1項)。

介護事業者には2027年施行の改正介護保険法への対応も控えています。人員基準と労働時間管理は密接に関係するため、コラム「2027年施行・改正介護保険法への実務対応」も参考にしてください。

よくある質問(FAQ)

看護師・介護職員はシフト制なので残業代は発生しないのですか?
発生します。シフト制でも、1か月単位の変形労働時間制の要件(労使協定または就業規則での定め、起算日の明示、週平均40時間以内、各日・各週の事前特定、届出)を満たしていなければ、1日8時間・週40時間を超えた時間はすべて時間外労働です。要件を満たしていても、所定時間や総枠を超えた部分には割増賃金が必要です。
夜勤手当を支払っていれば深夜割増賃金は不要ですか?
夜勤手当が深夜労働の対価であることが就業規則・雇用契約書上明確で、かつ午後10時から午前5時までの労働に対する25%以上の割増賃金の法定額を下回っていない場合に限り、支払いとして認められます。趣旨が不明確であったり法定額を下回っていれば、差額または全額の未払いと判断されるおそれがあります。
夜勤中の仮眠時間や休憩時間は労働時間になりますか?
仮眠中や休憩中もコールや急変に対応することが義務づけられ、労働から離れることが保障されていない場合は、実作業をしていなくても労働時間に当たります(最高裁平成14年2月28日判決)。労働時間から外すには、対応者を別に確保し、休憩・仮眠中の職員が完全に業務から解放される体制が必要です。
始業前の情報収集は自主的な準備なので労働時間ではないと考えてよいですか?
名目ではなく実態で判断されます。上司から事前の情報収集を求められている、情報収集なしでは始業直後の業務に支障が出る、出勤時刻が事実上固定されているといった事情があれば、黙示の指示による準備行為として労働時間と評価される可能性が高いです。外すには、始業後に情報収集の時間を確保するなど実際に業務が回る体制が必要です。
残業代の時効は何年ですか?
賃金請求権の消滅時効は労働基準法115条で5年とされていますが、附則143条3項により当分の間3年です(退職手当は5年)。2020年4月1日以降に支払期日が到来した賃金に適用されます。裁判では未払額と同一額までの付加金(労働基準法114条)が加わる可能性があります。

まとめ

  • 1か月単位の変形労働時間制は、労使協定または就業規則での定め、起算日の明示、週平均40時間(10人未満の保健衛生業は44時間)以内、各日・各週の事前特定、届出がそろって初めて有効で、シフト表の後出し変更は変形制の効果を受けません。
  • 変形制のもとでも1日・1週・変形期間の三段階で時間外労働を数え、時間外25%・月60時間超50%・深夜25%・休日35%以上の割増賃金が必要です。
  • 休憩・仮眠は労働から完全に解放されていなければ労働時間で、始業前の情報収集もやらざるを得ない実態があれば労働時間です。夜勤手当・固定残業代は対価性が明確で法定額を下回らない場合に限り支払いとして認められます。
  • 賃金の消滅時効は当分の間3年、裁判では同額までの付加金が加わる可能性があり、1人の請求が全職員に波及するのが最大のリスクです。客観的な勤怠記録と制度の整備で予防できます。

看護師・介護職員の労働時間管理は、就業規則の文言と現場の運用の両方を見なければ安全かどうか判断できません。当事務所の顧問弁護士サービスでは、医師免許を持つ弁護士を含む企業法務の弁護士チームが、変形労働時間制の点検から賃金規程の改定、残業代請求を受けた際の対応までチャット・オンラインで全国の医療機関・介護事業者を支援しています。自院・自施設のシフトと手当に不安がある方、退職者から請求を受けた方はお問い合わせ(無料相談)からご相談ください。

参考(一次情報)
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この記事の執筆者
弁護士・医師 澄川 淳矢弁護士法人 越水法律事務所 弁護士・医師(第一東京弁護士会)

京都大学医学部卒業、倉敷中央病院での初期研修を修了した医師であり、弁護士。医療現場での経験を背景に、病院・クリニック・介護事業者・医薬品・医療機器・ヘルステック企業の法務について、医療の実態を踏まえた実践的な助言を行う。

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越水 遥
この記事の監修者
代表弁護士 越水 遥弁護士法人 越水法律事務所 代表弁護士(第一東京弁護士会)

大手法律事務所を経て越水法律事務所を設立。企業法務全般、M&A、ファイナンス、スタートアップ支援を手がけ、東証グロース上場企業の社外取締役も務める。医療機関・ヘルスケア企業の顧問として、経営の視点を踏まえた法務支援を行う。

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※ 本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言・医学的助言ではありません。法令・制度・通知の内容は公開日時点のものです。具体的なご対応にあたっては、最新の法令・通知をご確認のうえ、弁護士にご相談ください。

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